日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在67日目:学びとモチベーション

 「なぜ性懲りもなくフィリピンを選んだのか」というのは、こちらにきて幾度聞かれたかわからない質問です。あまり事細かに話すのも億劫な場合が多いので、ちょっと冗談めかして「前回は台風でロクに観光できなかったから、もっとフィリピンという国について知ろうと思ってね」と言うようにしています。

 それも決して小さい要因ではないのですが、それ以上にUPの言語学科で体験したアカデミックな空間に対して、言いようのない魅力というか尊敬の念を抱いたというところが一番大きいかもしれません。

 

 教育のシステム上、フィリピンではほとんどの人がフィリピノ語と英語とを扱うことができるのですが、UPの言語学科にいますと先生方や学生たちは自分の選んだ言語についてもかなり高い水準話すことができるわけで、つまりひとりあたり3つ以上の言語を使えるというのがザラだったりします。

 もっと言うと、たとえば韓国語の先生であっても基本的な日本語の知識はあって、ちょっとしたことなら日本語を使って話しかけて下さるのです*1。当然逆もまたしかりとばかり、日本語の先生が韓国語の知識を持っていることも珍しくありません。

 僕は英語ですら自由に扱えない身分ですが、こうしたマルチリンガルな空間が非常に楽しいですし、もっと勉強しなくてはという風に士気を高めることができています。以前本の紹介をしたときにもちょっと書きました*2が、僕は天才とか高い能力を持った人を目にすると、自分もこうなりたいとモチベーションの上がる人間です。ですからこの言語学科にいることで、これも勉強したい、あれも勉強したいと感じ続ける日々を送っています。

 

 今日は土曜日で見学予定の授業もなかったのですが、友人と約束があったのでオフィスへ行きました。約束、というほどでもなかったのですが、その友人は12月に日本語能力試験のN1(1級)を受けるということで、その勉強を見てほしいというのです。

 正直なところ、N1のレベルになってしまうと、もう単語や言い回しを単純に覚えるしかないわけですから、僕としては自分で助けになるかというところに若干の疑問を感じていますが、とはいえ人に勉強を「見てもらう」というだけでもある程度の意義は認められようと思います。

 で、問題を眺めてみたのですが、はっきり言ってこれほど難しいとは思いませんでした。

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おそらく、ことばにそれなりの自信を持った人でなくては、日本人であっても満点はとれないでしょう。6割とれば合格できるとはいえ、なかなかの難関です。でも勉強すれば届かないレベルでは決してありませんので、応援がてら勉強を手伝っていけたらと思います。

 

 夕方、レポートの類をカタカタやっていますと、数人の先生がプリントを持ち出してなにやら読んでいます。何かと覗きこんでみますと、全編発音記号で書かれた『北風と太陽』でした。IPAって、実は今までにちゃんと勉強したことがありません。英語の専攻の方では音韻/音声学の授業がありましたけど、国語学の方では日本語で使うのを少し覚えたきりです。それでも英和辞書なんかには載っていますから、IPAを見て何と書かれているか(それが何という単語か)を判別することはできますが、それを「正確に」発音することはできません。

 で、非常に面白く思ったのが、それを読む先生たちの発音がふだんの英語の発音と全く違ったということです。優劣とか良し悪しの問題ではなく、フィリピンで話されている英語はイギリスとかアメリカでのそれとはだいぶ違います。それが、きちんと発音記号に沿って話そうとすればイギリス(だと思います)の発音を出すことができるのだと驚きました。そりゃあ言語学者がIPAを知っているのは当然で、まして他でもない英語の発音であればすべて発音することができて然るべき*3なのでしょうが、僕としては強いあこがれの念を抱きました。そんなに英語の発音が悪い方だとは考えていませんけれど、IPAを正確に発音し分ける力も是非身に着けたいと強く思うのでした。

 

 そんな刺激を毎日得ながら、僕は日本人として何をすべきか、悩みは尽きることがありません。

*1:滞在の初めのころ、韓国語の先生に「僕はスーツを着て登校したほうがいいですか?(英語)」と聞いたら「大丈夫、めんどくさいでしょ(日本語)」と返答されて大変驚きました。「めんどくさい」ってけっこう微妙なことばで、英語でも説明しにくいように感じているのですが、その先生は正確に意味をつかんでいらっしゃいました。

*2:参照千野栄一『外国語上達法』等、モチベーションを上げる読書

*3:英語以外の「マイナー」な言語だと口に出すのが難しい発音もあります。例えばコイサン語族には吸着音というのがあって「ʘ ǀ ǃ ǂ ǁ」みたいな見たことのない発音記号が使われます。参照世界でも珍しい発音を持つ「コイサン語族」 by sunny from rainy 科学/動画 - ニコニコ動画