日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

研修4日目:「ことば」の力

 いま宿泊している部屋は東向きなので、朝方には強烈な紫外線が窓から飛び込んできます。僕はそれを頼りに起きようとカーテンを開け放しているのですけれども、如何せん見晴らしがよすぎるので、朝5時半ともなれば明るくなって起きちゃうんですよね。

 それはともかくとして、今日は午前に英語の授業(今日からテキストの内容に入っていきます)と、午後には日本語学習者に向けてどう話したらいいかを考える講義、それからフィリピンの事情についてのお話がありました。

 

 ①外国語

 テキストは『Everyday Survival English』というものを使っています。いわゆる「場面シラバス」というものにそって作られている教科書で、冒頭から「Introduction」「Visit」「Occupation」みたいな場面(目的ととらえてもいいかもしれませんが)がテーマとして続いていきます。

 授業は、その会話文の予習を前提として、その表現をどうやって使うか、問いについてはどのように答えたらいいかを確認したのち、2人ずつのロールプレイをする、という流れで行われます。先生とのやり取りはどうにかこなせる一方、ロールプレイはなかなかに大変なアクティビティでした。苦痛、というわけではないのですが、自分たちで場面設定を考え、できるだけ自然な会話を繰り広げるというのは、案外むつかしいものです。ただ、きわめて効果的な英語の練習になることは疑いようがなく、スピード感といいますかその場でパッと英語を口にする訓練ができていると思います。

 昨日に比べると、だいぶ気を抜いていても話が入ってくるくらいには耳が温まってきましたが、特にロールプレイなんかではどうにもうまく言葉が出てこなくて大変に苦しかったです。やや語弊のある言い方ですが、やっぱり僕は根が引っ込みがちにできていて、人とコミュニケーションをとるのが不得手なのだと思います。会話のこの場面ではこれだけの情報を言うことが求められている、ここではこれ以上言う必要がない、というさじ加減がこの齢になってもうまくできずにいるのです。ことばの能力としては、語学以前の問題ですから、年の全然違う(怒られますね)パートナーズのみなさんと関わる中で克服し、より愛想の良い日本人としてフィリピンに送られるよう心掛けたいと思います。

 それから語学的な面でいっても、昨日の予習の段階でシャドウィングだとか音読をしていて、自分の発音や舌の回りが気に入らず、とても悔しい思いをしました。通じないレベルの発音ではないとの自負はありながらも、やはりどこかに自分の理想点があるようです。今さら、とは言わずにちゃんと矯正をしたいと思います。なにはともあれ、語学の先生との交流をはかる中で諸問題を克服していく所存であります。

 

②生徒と話す/生徒に話す

 「やさしい日本語」というタームは、熊本地震の際にすこし話題になりました。弘前大学の試みは、今では中学の国語の教科書に載るほどメジャーなものとなり、国際化の進んだことを改めて認識させられます。

 僕らが教えに行く学校の学習者たちは、まあほとんどが初級に位置しています。「ほとんど」ということは、当然その段階(一番初歩の段階)に合わせた言葉遣いを習得しなくてはいけないわけですが、これが実にむつかしい。具体的な事物であれば、視覚的な情報を並べ立てることでどうにか様相を伝えることもできましょうが、抽象的概念ともなるとそうもゆかないのです。先日の授業で出たのは「ケチ」をどう説明するか。「お金を持っているのに使わない」「ものを貸さない・くれない」とかそういう具体的な次元に落として説明する、というテクニックも必要となってくるわけです。

 で、今日の講義ではパートナーズがそれぞれ自分の写った写真を持参して、日本語初級者にも伝わるような言い方で説明するという活動をしました。自分が写っていることの利点は、まず目の前に立っている「日本人サンプル」が写っていれば学習者も興味を抱きやすいし、次いで説明する我々としても描写に気持ちが入りやすいということが言えそうです。

 この授業のために、僕は卒業式で撮ったクラスの集合写真を用意しました。男子はスーツ、女子は和服ときれいに分かれているのが面白そうだと思ったのと、割合身近な行事ならば興味も沸くのではないかと思ってのことです。結果としては、あまりうまい説明をすることはできませんでした。そもそも「卒業」および「卒業式」が正しく伝わるかどうかを考慮していなかったですし、「クラスの友達だ」とか「女の人は着物を着ている」とか見た感じの説明ばかりに終始して、行事としての「卒業式」でいったい何をしたのかに言及していなかったのです。偶然僕は缶ビールを片手に写っていたのですが、パーティがあったことくらいは言ってもよかったかもしれません。

 時間は1-2分間で設定されていましたが、足りなかったわけではなく、むしろ大いに余りました。写真を説明しようにも、何を伝えたらいいのか、自分で持ってきた写真でありながら言葉がまったくでてこなかったのです。こうした資料を提示するときには、「こういうことを知ってもらおう」「こういう観点からの刺激を与えよう」と考えたうえで臨まなくてはまったく意味をなさないと思い知らされました。あるいは人に何かを伝えようとする熱意に欠いているのかもしれませんね。

 なんと課題の山積した人間なのでしょう。

 

③フィリピン事情

 以前フィリピンで調整員をされていた方がわざわざ来て下さり、国やそれぞれの学校についての事情をご説明くださいました。今日と明日の2日間で、それぞれの地域や学校の具体的なお話を聞くことができます。

 一応行った経験があるとは言いながらも、前回の滞在は台風に見舞われて*1外に出られない日々が続きましたし、あまりフィリピンの地理とか政治を勉強してから行ったわけでもなかったので、発見の多いお話でした。

 派遣先については、ちょっとまだ公表は差し控えたほうが無難なようなので記載しませんが、ものすごくいいところだということは申し上げておきます。

 向こうの教育事情に関しても、寡聞にして知らないことだらけでしたが、特に驚いたというか納得したのは、フィリピンの高校では日本語専任の先生が教えているわけではないということです。フィリピンでは国際交流基金が作った『enTree』という、日本語を教えるうえでの手引が参照されているらしいですが、これは日本語を教えるうえでのアクティビティとその目的が英語で記載された本で、あまりに便利で普遍性があるゆえに、それを読みさえすれば先生の日本語能力に関わらず日本語を教えることができてしまうようなのです。日本では英語教師が英語を話せないことが問題視されていたりします*2が、それと同様にフィリピンの日本語教師が必ずしも一定の水準の日本語を話せるとは限らないのです。

 それからとうてい我々の理解の及ばない、価値観の問題についてもご鞭撻いただきました。時間がルーズであったり、必ずおみやげを買う習慣があったり、家族を最優先にする感覚があったりと、きっと現地で戸惑うことが多いのだろうなぁと思いました。僕が以前行ったときに大きく感じたのは時間感覚くらいでしょうか。大学の講義でも時間通りに学生が現れることはまずなく、10分遅く始まって10分早く終わるという、さらがら筒井康隆文学部唯野教授』で奨励されるような形式がまかり通っていて、先生も学生も当たり前にそれを遵守(?)しているのでした。別に否定する気はありませんし、そういう文化なのだと呑み込んでしまえば、大らかでよさそうだと思うこともできようというものです。

 ところで、僕はこの研修にあたって何冊か本を持ってきました。

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 このうち『不思議のフィリピン』は残念ながら絶版ですけど、「恩と恥」「人間関係がすべて」「助け合いの義務」など、フィリピン人の考え方を章立てしてわかりやすく解説した本です。実はまだ大部分を読めていないのですが、こういうのを通して現地人の心理をわかっておくのも重要なことです。

 

 今日の最後は、食堂でフィリピン派遣メンバーの集まりがありました。人によってはアルコールを摂りながら延々と話は続き、親睦もかなり深まってきたようです。年齢や背景がバラバラだからこそ盛り上がることもあって、その刺激こそが次への意欲を生み出すのだと思います。

 もっともっと勉強しよう。

*1:マニラ市内は洪水になったようで、日本でも報道されていたほどです。その直後に市街地に行ったら、水で溢れかえる往来をおばさまが優雅に泳いでいるのに遭遇しました。

*2:最近は特に進学校では改善されているようで、僕が教育実習に行った中学校では、日本人の先生が英語しか話さないような授業も散見されました。余談ですが、その授業を見学させてもらったら「自己紹介して」と英語で振られたのにはちょっと焦りました。なにがあるかわからないので、英語は勉強しておくに越したことはありませんね。