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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在217日目:日本語クエスチョン⑥

 今期は日本事情に関するクラスがあるとすでに書きましたが、経済とか流行を学んでいる過程でももちろん日本語の疑問は噴出し続けるわけで、その矛先はというと当然ネイティブたる僕に向けられます。明朗にこたえられればそれに越したことはありませんけれど、そもそも考えたことがない質問の多いのに知的好奇心を刺激される毎日です。

目からうろこ 小学生の「にほんご」大疑問100

目からうろこ 小学生の「にほんご」大疑問100

 

 

①私的には

 「~的」という接尾辞は、名詞にくっつけて形容詞を作れる便利なものです。新しい言葉であっても、例えば「トランプ的なやりかた」「ポケモンGO的なゲーム」のように接続でき、応用の幅も極めて広いと言えるでしょう。もっともこの場合は「~のような」と言い換えたほうが日本語としてキレイかもしれませんが、この用法は今に始まったことではなく、西田幾多郎など「絶対矛盾的自己同一」なる難解な言葉をつくりだしています*1

 もっと細かく意味を説明するとすれば、「完全一致はしないものの、そのものに似ているさま」という感じでしょうか。ともかく「的」には対象をぼんやりと捉えてたとえる働きがあるようです。

 で、俎上に上ったのは「私的には」という言い方です。まあ若者言葉と言って間違いはなさそうですが、どうしてそういう表現が生まれたのかという質問には困りました。これが表現として確立し一定の市民権を得ている以上は、他の言葉(言い回し)では表現できないモノ・様子を表していると言えるでしょう。つまり言説内容としては「私は~と思います」と同様でありながら、モダリティその他の点で異なるなにかがあるはずだと思います。

 

 考えている過程で以下のページを発見しました。

www.nhk.or.jp天下のNHKの主張で、ちょっと疑問もなくはないですが「私的には」こんなところだろうと思います。「私的には」が表すのは婉曲的な評価であって、つまりまず評価される事象が存在して、それの影響が評価主体たる「私」に向いたときの「私」の評価を言っていると思われますので、「私」が主体的に(一方的に)判断を下すという構図が避けられているのでしょう。

 確言を避ける潮流は「~とか」「~みたいな」という表現にも見られ、別段新しくはないと思いますが、これをして「現代の若者は軟弱だ」のように社会現象の言説に使うのはやりすぎでしょう。

 

 

②国名の表記

 日本語では国を表記する際、文字数が短縮できることから漢字を使うことがしばしばあります。例えばアメリカなら「米」、ベトナムなら「越」、フィリピンなら「比」という具合です。

 もちろん今日のクラスの学生はそんなことも承知で、米国とみればアメリカだと瞬時にわかるくらいのレベルだったのですが、「どうして数ある中でその漢字があてられるようになったのか」という質問には答えられませんでした。言われてみれば、どうして同じ音を持つ「目」でも「名」でもなく「米」なのでしょうか。

 そもそも中国語で「米国[mei3guo2]」といいますので、これに由来しているのは間違いなさそうです*2が、この選定に恣意性はないとみていいものかちょっと悩みます。フィリピンにしても「比律賓」ですし、漢字の意味との結びつきは弱そうです。ここまでくると中国語の畑の問題かもしれませんね。

 

 

③まんが、マンガ、漫画

 今や日本語を勉強するきっかけとして最も大きいもののひとつになった「漫画」ですが、その表記にはかなりゆれがあります。「まんが」「マンガ」「漫画」と3表記がありますが、それぞれなんとなく使い分けられているような印象もあり、徒に「そんなの各々のヴァリエーションだ」などと片付けていい問題ではないでしょう。確か漫画家の喜国雅彦氏が『本棚探偵』シリーズ*3の中で、一定の規則に従って使い分けをしていると記述していましたが、基準は名言されていませんでした。

 マニアやファンによる使い分けはともかくとして、少し一般の使われ方を調べてみました。資料は「現代日本語書き言葉均衡コーパス中納言*4より持ってきました。

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「まんが」はほとんど見られませんが、ネットでは「漫画」表記の方が多く、書籍では「マンガ」が多いというのが面白いです。教科書や新聞、国会議事録で「漫画」しかないというのは、なんらかのコードに従っているはずで、まあ日本語だから漢字で書くのがスタンダードみたいな感じなのではないでしょうか。

 この点についてはもっと詳しいリサーチをしたいところですね。思いつくだけでも、アニメを含めた「マンガ」という表現もありますし、細かい意味を見ていくと面白いことが分かりそうです。

 

 

 繰り返しますが、こうした「難しい質問」について僕は答えられるだけの知見を持ち合わせていません。けれども、「ああ、こういう疑問ももたれるのだ」というのが発見ですし、今後の研究というか勉強につながっていくように感じています。

 

*1:西田幾多郎の語彙の難解性については、加賀野井秀一『20世紀言語学入門』で触れられていた記憶があります。「入門」としてこれだけで勉強を始めるのは困難ですが、言語学の流れを追いかけ直すためならまあ読んでもいい本だと思います。

*2:それでも日本語独自の表記として「亜米利加」がありますから、考えることは案外多そうです。

*3:古書好き、特にミステリ好きには有名な本ですね。僕は特段ミステリの本を集めているわけでもありませんが、軽快な筆致と古書マニアの生態が非常に面白いエッセイです。著者がこだわった単行本の装丁も魅力的でした。

*4:大学3年のころからお世話になっているコーパスです。他のコーパスを使った経験がないので比較はできませんが、いろいろなラベルを駆使して手軽に分析できるのが非常に便利です。