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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在214日目:人前で話させること

 ちょっと日記がたまりつつありますね。実を言いますと終わりに向けてだいぶ忙しくなってきていまして、おちついて文章を書いている暇がないのです。短くバシッとした記述ができればマメに更新できるのでしょうが、いくら書くのが速くてもどうにも長く書いてしまうのでけっこう滞っています。ただ、フェードアウトすることは絶対にないと断言しますので、よければ最後までお付き合いください(定期的にご覧になっている方はそう多くないでしょうが)。

 さて、これまで土曜日は自習の時間としていたのですが、今学期はスピーキングのクラスを手伝いすることになりました。

最近本のリンクを貼り付けているのには理由があって、このところ本を欲する気持ちが強くなっているためなのです。自分が書いた事柄について関連した、帰国後に「読むべき本」を忘れないための備忘録とでも言いましょうか。ページとしてちょっと重くなりますが、個人的な日記の延長とご理解いただければ幸いです。

 

 土曜日のクラスはすべてExtramuralのもので、すなわち社会人のための課外講座のようなものとなっています。そのレベルは大学の授業と同様に段階をおっていまして、順番としては『げんき』の頭から始めるわけです。

 今回お邪魔するクラスは、教科書を一通り終えた人の集まったクラスで、習得した知識を会話の段階に押し上げる練習をしようというレベルのものです。他のクラスならさておき、やはり話す練習が重要なクラスにおきましてはネイティブの必要性もとりわけ高いため、先生からお誘いいただきました。

 思えばフィリピンで初めの仕事も、こうした社会人のクラスのオーラルテストでしたね*1。そう考えるとけっこういろいろなことをしてきたと言えるのかもしれません。

 

 今日の流れとしては実にシンプルなもので、ひとりずつ前に立ってフリートークまがいのタスクをこなすというものですが、クラスが20人以上いますので容易ではありません。授業時間は3時間とはいえ、間に休憩も挟みますからかなり「巻き」でいかないと全員話せないのです。ふつうの授業であれば別にそこまで会話の比重が高くないのでいいのですが、日本語を口に出すことを目標としている以上は、ほぼ全員が毎回まとまった文を話さなくてはいけないでしょう。

 

 テーマは、まず「先週なにをしたか」について話していき、そのなかで適宜先生が質問を繰り出していく形で拡げられました。身近な話題ではありますから話しやすいはずで、まして『げんき』を修了している以上は文法知識もいちおうは充分とみなされています。

 が、これを聞いている中でやはりレベル差の大きいことをしました。

 先日JLPTの結果が発表されたところ*2で、合格した人はその級も言っていたのですが、それだけを見てもN4とN3とか混在している状態でした(むろんN4に落ちた人もいる)。資格以外の要素を見ても、かなり基本的な文型しか操れない人、難しい言葉を使おうとしてつっかえつっかえの人、ふだん日本人と仕事をしているためけっこう流暢な人、とさまざまなのです。

 こうした人たちをまとめて指導するには、やはりお互いに刺戟を与え合わせることが必要だと思いますけれど、例えば「日本語だけで話してください」といってどこまで辛抱強く取り組んでくれるかは未知と言えます*3

 もうひとつ感じたのは、日本語の運用能力とは別の「人前で話す」力の差です。簡単に言うと、適当な日本語でも明るく話していればこちらも聞こうという気になりますし、いくら知識があっても話せなければ全く意味がないわけです。とりわけ人前で話すことは慣れが重要だと思います*4し、まあこのクラスがいい練習場所になるわけですが、スピーチ能力が歴然と見て取れるのは興味深かったです。

 

 昼休憩までに学習者の半分が話し終わり、残る半分はテーマを変え「自分の名前の由来」について話しました。日本人なら、漢字の意味を説明すればそれなりの形になる*5けれども、フィリピンだとどうかなと見ていましたら、それぞれ特徴的な由来があるようでした。道の名前、ドイツ語ギリシャ語で云々、お父さんとお母さんの名前をハイブリッドにしたものもあって、文化として面白く聞くことができました。

 フィリピン人の名前で大変困るのは、なんと呼んでいいのかがわかりにくいということです。ミドルネームというのかなんというのか分かりませんが、4つも5つも名前が連なっていて、それのどこを取り出して呼ぶのか、またどのように略すのかは本人に確認しなくてはいけません。もっとどうにもならないのは、「ニックネーム(そういうわけでこちらの人はほぼ100%持っています)」が必ずしも本名に由来しているわけではないということで、「小さいとき~に似ていたから~」とか、「生まれたときの印象が~だったから~」とかいうのもけっこう目にします。あるいは、これこそフィリピンでFacebookが重要な理由かもしれませんね。

 

 どれだけ手助けをしているかというと怪しいところですが、ともかくネイティブらしい仕事はしているかなといった印象です。

*1:参照滞在30日目:ようやくの仕事始め

*2:学生の友人が数人N1を受験しましたが、合格は1名。やはり甘くはないわけですが、それでも合格ラインに到達したのはすごいことですね。

*3:例えば僕が大学で受けた授業に「Oral Communication」というものがありました。英会話としてはまあまあ初歩的なテキストを用いて、英語で会話することにまずは慣れていこうという程度のレベルでしたが、ほぼ必修に近い位置づけだったのでどうしようもなく志の低い学生もままおりました。そうなると「じゃあここからは~について英語で話し合ってください」という課題を与えられても終始英語で貫けるわけもなく、なあなあになった環境で英語の運用能力が伸びるわけもないのでした。繰り返すように僕は国文学の専攻にいたわけですが、国文の学生はほとんど英語を苦手とし、まして必要ともしていませんでしたので、そうまでして必修を強いるだけの意義があまり感じられないでいました。

*4:僕は元来声が通るほうではありませんし、人前に立つのに際しては極端に緊張する質なのですが、皮肉なことに前に出る機会は非常に多く経験してきました。その甲斐あってか、緊張しながらも物おじせずに話をする度胸はつきましたので、何事もやってみるものだと思います。

*5:ただし、漢字の意味をいったところで、「それにどんな意味があるのか」は答えられないことが多いです。「田中」など説明しやすいですが、「佐藤」となるともうわかりません。