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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在210日目:挑戦的新学期②「発音記号の苦労」

IN THE PHILIPPINES 授業アシスタント ことばの話

 ひらがなの授業が終わったあとは、続けてテストの監督をしました。テスト監督自体はこれまでも何度かやっていますし、知っている学生がほとんどのクラスでしたので緊張はありませんが、気がかりだったのはその内容でした。実のところ、このクラスは日本語のクラスではなく言語学のクラスなのです。

 

 といっても、言語学一般のクラスというわけではなくて、日本語に特化した内容を扱うものらしく、従って学生もみんな日本語がそこそこできるわけですが、言語学について彼らほどに知識がない僕が監督をできるのかという自信のなさはありました。日本語という狭い範囲であれば、いちおう大学時代にきちんと勉強してはいますが、それを英語で説明するだとか効果的に指導するとなると恐らく不可能です。監督とはいえ、テストの内容がわからないというのはちょっとどうかと思います。

 

 今回のトピックはIPA、すなわち発音記号でした。「無声軟口蓋破裂音*1の記号を書け」のような問題もいくつかありましたが、特に「きせつ(季節)」の「き」のように、音の組み合わせによって母音が落ちるものに焦点があるらしく、「母音が発音され合いものを選べ」のような出題がメインでした。

 で、最終問題として用意されていたのはなんとリスニング。僕がいくつかの単語を発音し、学生はそれをIPAで記述するというものです。ここでなにより気を付けなければならないのは、日本語の自然な発音を提示しなくてはいけないという点でした。例えば、「~ですか」を発音するとしたら/desuka/ではなく/deska/と言わなくてはならないのです。この辺り、下手にゆっくり話そうとすると不自然な(不正確な)日本語になってしまうので大変で、普段のアシスタントでも留意してはいますが、IPAの書き取りで発音がとにかく最重要となると手に汗を握らずにはいられません。

 

 単語は「頻繁」「鼻血」「雰囲気」「缶詰」の4つでした。この中で一番むつかしいのは、おそらく「ん(/N/)」の聞きわけだと思います。IPAで書いてみますと、順に[çimpaN]、[hanaʑi]、[ɸɯɯ̃ikʲi]、[kaɲdzɯme]*2みたいな感じでしょうか(ちょっと自信がありません)。記号の正誤はともかくとしても、4種類の「ん」がまぜこぜになっているというのがポイントです。

 うち、最も繰り返しを要求されたのは「雰囲気」でした。この/N/は鼻母音で、他の発音のように閉鎖をつくらずに発音されていますが、あとで回答を見ましたら[ɸɯːikʲi](/huuiki/)とか[ɸɯŋikʲi](/hungiki/)とか書いている学生がいまして、正答はいませんでした。鼻母音の発音は確かだと思いますが、それより僕が気を遣ったのは[ɸ]の発音です。何の影響か知りませんが、僕は「ふ」を発音する時には[f]で発音する傾向がありますので、それを両唇摩擦音に矯正する必要があったということです。

 次に自信がなかったのは「缶詰」で、/kanzume/か/kanzme/か悩みましたが、前者で押し通しまして、どうやらあっていたようです。後から考えますと、ここの/N/を[N]で発音すると続く/z/が[z]になりますので、そこにも気を配らなくてはならなかったのですね。

 

 しかし発音記号は覚えよう覚えようと思いながら、なかなか達成できませんね。日本語だけでもかなりの数を覚えなくてはいけませんし、ましてそれを正確に発音するというのも、楽しいながら骨が折れます。

 ともあれこの授業で痛感したのは、僕が標準語話者で標準アクセントを使っているということの利点でした。これでイントネーションまで意識を張るとしたら、いかにも消耗が激しそうです。

 

基礎から学ぶ 音声学講義

基礎から学ぶ 音声学講義

 

 

*1:言語学科に生活していますと発音について英語で話をする機会もあるのですが、各発音(というか調音点)の名前を英語で覚えるのはかなり厳しいです。日本語では「無声+硬口蓋(口蓋=上顎の硬い部分)+破裂音」と文字面で理解可能ですが、英語では"Voiceless Velar Plosive"といい、一般の語彙力ではたぶん"Voiceless"という点くらいしか理解できないと思われます。そう考えると、漢字はなんて偉大なんだろうと感謝の念に堪えません。

*2:僕のうっすらとした記憶なので不確かですが、//で記号を囲った場合には、「ネイティブがそのつもりで発音している」という程度の簡略化した表記で、[]で囲ったものは音声学的に正確な表記となるはずです。ようするに、日本語で言うと「ん」と書かれるものは全部/N/なわけです。