日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在189日目:文字の導入など

 なんにしてもUPの授業は始まっていないので、これを好機と他の学校へ遊びに行くことにしました。今日は、以前ふろしきの出張レッスンを行った高校*1で書道の体験をするということでしたので、微力ながらお手伝いに行くことにしました。

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 ところが、間の悪いことに僕の体調は芳しくありませんでした。このタイミングで何故か神経痛が発症して*2、昨晩はほとんど寝られなかったのです。今日のところは、あくまでお手伝いに過ぎませんからまだ大丈夫ですが、もう少し体調を管理していく必要があります。あとたった2ヶ月ちょいしかありませんので、体調不良なんていうくだらない理由で活動の機会を狭めたくはありません。尤も、あと2ヶ月くらいなら、足を引きずってもゴールできそうな感はありますが。

 

 今日の実施は2クラス。学年こそ違えど、内容としては同じことをしました。

 相手は日本でいう中学生の年齢ですので、UPでやったように御託を並べるのは効果的ではありません。したがって今回はプレゼンなしで実践を中心とし、ともかく字を書くことに集中させていました。

 

 まずはひらがなで「にほん」を書きます。これは教科書『enTree』にも載っている課題だそうで、よく使う重要な言葉であると同時に、ひらがなにおける「トメ・ハネ・ハライ」を網羅しているという意味で、練習には適した課題と考えられているようです。

 実は、ここの生徒たちは仮名を完璧に書けるわけではありません。といって不勉強だとかオツムが弱いということではなく、使われている教科書の方針として文字教育に重点を置いていないところが直接の原因らしいのです。僕はあまり読んだことがないので詳しいことは分かりませんが、とかく『enTree』は、日本語がそこまで達者ではない先生でも指導できるように作られており、あまり込み入った「文法」や「文字」の導入は図られないのです。従って授業で習うフレーズも、すべてローマ字で学ばれています。

 他方、曲がりなりにも日本語を学んでいるのであれば、ひらがなくらいはどうにかしておきたいところでもあります。もちろん語学教育における文字の指導は、優先度として会話の下にあるべきだろうと思います*3が、ひらがなをまったく読めない・書けないというのも正しい姿とは思えません。ところが既に述べたように、学ぶフレーズはローマ字で表記されるため、仮にひらがなを導入しようとしてもその知識を活かす場が少ないのです。言い換えると、使う機会が少ないことによって、覚える必要性が極めて薄く、モチベーションを維持しにくいということになります。

 さらに問題なのは、生徒の多くが自分の名前をカタカナで表記できないという点です。カタカナはひらがなに比べると使う場面もより少ない(基本的に外来語)ですが、自分の名前となれば話は別で、テストや提出物ごとに記入しなくてはならない大切なものです。ここに派遣されているパートナーとしても、名前くらいはどうにか覚えてもらいたいとのことですが、正確な知識を与えるというのが難しく、たとえばカタカナの「ハ」を左右で別物と理解しているがために、縦書きのときにバラバラになるという事態が生じたりしていました。どうにかうまく習得できる方法はないものでしょうか……。

 

 ひらがなで筆に慣れたあとは、漢字を書きます。コンセプトとしては「書初め」で、事前に聞いていた生徒たちの今年の抱負を漢字で書いてもらおうというのです。そこで用意した漢字は「学」「元気」「愛」「金」でした。もちろん漢字など勉強したことがありませんから、できるだけ簡単なものをという選定なわけです。「金」についても意味としては「貯金」とか「節制」ということですけれども、ちょっと難しいですし汎用性の高い語彙でもないので、簡単な1字の採用となりました。

 あらかじめ段取りを相談する段階で、書き順などの細かいところを説明するかという問題も俎上にのったのですが、やはり時間がかかりすぎますし、何より本分は「今年の抱負を書く」というものでしたので、お手本を参考に書けさえすればよいことにしました。

 で、やらせてみますと、これが案外うまく書くのです。彼らにとって漢字は「文字」というよりも「記号」、もっというと「線画」にすぎないでしょうが、それでもお手本にそって懸命にバランスを整えていました。

 また面白いことに、この書道の「センス」ともいうべきものが、他の能力とは別の能力にあるということが分かりました。クラスに2-3人は、下手な日本人よりうまく書いているような生徒もいましたが、聞けばその生徒たちは特別日本語が得意というわけでもなく、また別段絵がうまいというわけでもなかったのです。確かに日本人からすれば、国語能力と絵のセンスと字のうまさとはそれぞれ全く無関係なものですが、恐らく「文字」として認識しきらないまま体験した書道でもそれが現れるというのは、非常に興味深いことでした。

 

 UPではすでに書道の体験は済ませていまして*4たぶん今後やることはないかと思いますが、それでも大学と高校との違いを明確な形で観察できたのは大きな収穫でした。前にも言った通り、毎日あのザワザワに巻き込まれていては精神がもちそうにありませんが、たまに行く分にはお互いに刺戟となりますね。

*1:参照滞在132日目:出張ふろしきレッスン

*2:というのも、実は中学時代から神経痛を抱えてきているのです。具体的には肋間神経痛と三叉神経痛とがあり、普段はなりを潜めているのですが、突然に痛み始めることがあります。今回のはたぶん肋間神経痛で、痛みは形容しにくいですし、又はっきりした診断が出るわけでもないのが難しいところですが、知り合いが言っていた「死ぬように痛いけど絶対に死ぬことはない」というのは言い得て妙かと思います。ただし僕の場合、今度ほど痛かったのは初めての経験です。数日前と痛む場所が変わっているのも実にいやらしい。

*3:そもそも文字を持たない言語もあるという意味では、「言語」は「音声言語」を指すことが多いです。

*4:参照滞在136日目:群衆を前に①「書道体験会」