日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在164日目:カルガモ的セブ観光③「日本の姿」

 さて学会も2日目。この日の発表にはもう、純粋な日本語学とか日本語教育とかの発表はなく、どちらかというと日本研究とか日本でどんな研究がなされているかという報告が主となっていました。

 諸事情あって最後まで入られなかったのですが、難しくも興味深い研究が満載でした。

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 まずは日本文学についてのブース(というか発表の部屋)に行きました。文学といっても、どちらかというと僕がわかる近代以降のものは昨日の裏番組ですでに終わっていまして、今日のは外国人留学生に対する日本文学教育と、近世の作家上田秋成についての発表でした。

 まず文学教育についてですが、発表された先生のハンドアウトなんかを見る限り、かなりレベルが高かったです。ほぼN1をとっているような日本語上級者を対象としているとはいえ、それでも近代文学の語彙は現代のそれと比べ物にならないくらいの量ですし、それを読んで文学的に理解するとなると感心するばかりです。

 これ自体は素晴らしい実践と思って聞いていたのですが、僕が疑問に思ったというかちょっと気に食わなかったのは、その後質問や意見交換としてオープンになった時に、「こんなの国文を専攻している日本人学生でも知らないのだから、それをやっている留学生は立派だよね」という流れでした。確かにこの指摘はある意味で的を射ていまして、今や国文を卒業してもロクに文学史を知らない、近代作家を読んだこともない、そもそも名前や作品を知らないという傾向は非常に強いです*1。けれど、そうした死屍累々を踏み台にして「日本人でもできないことをやっているあなたたちはすごいのよ」とばかり言っていていいのでしょうか。留学生に日本を伝えることももちろん大切ではありますが、まずは日本人が日本を知らない(もっとspecificに言うと、日本のことを専攻している学生が日本のことを知らない・知ろうとしない)という状態を、如何にして打開するかを考えなくてはならないのだと思います*2

 もうお一方の上田秋成については、簡単なあらすじと彼の生い立ち(特に火事について)とを関連付けた内容でしたが、それこそ先の指摘にあったように「国文卒にもかかわらず」あまり秋成については知識がないのでした。僕が知っていることと言えば、江戸時代の作家で文人として知られること、『雨月物語』のような怪異譚が有名なこと、『雨月』が後藤明生による現代語訳で出版されていること、円地文子「二世の縁 拾遺」で題材にされていること、くらいなものでした。こと後藤明生の訳については、購入しているのに一節も読んでいない有様ですので、お恥ずかしい限りというほかありません。帰ったら読みます。

 

 さて、ここからもいろいろな発表を見たのですが、かいつまんで大体どんなものがあったかという話に留めておきます。

 

 まず印象だったのは、漫画についての話。漫画が日本文化の代表として語られるようになって久しいわけですが、日本にあるさまざまなジャンルが、海外でもそのままの形で研究されているようでした。

 たとえばBL。海外でも「やおい」「百合」といった言葉はずいぶん前から通じるみたいですが、昨今は日本でもジャンルとして幅をきかせつつあるようです。あくまで僕の印象ですが、漫画という大きなジャンルにおいて、登場人物の男女比が変わってきたのではないかと思います。ちゃんと分析したわけではないので憶測ですけれど、特に90年代くらいからいわゆる「オタク(ヲタク)」と呼ばれる層が厚くなり、オタクを対象とした漫画となれば女性登場人物は外せないわけです。で、結果としてオタクが(「濃さ」の幅こそあれ)どんどん多くなり、女性の出る漫画が大半となった中、今度は「腐女子」と呼ばれる人たちがでてきます。腐女子の好む漫画には男性しかでてこないことが多く、よし女性が登場してもヒロインではないということが主なのではないでしょうか。

 で、今度はいわゆるBL漫画が増えだすわけですが、困ったことに腐女子を対象としていない作品でも、たとえばスポ魂ものみたいに「男らしい」少年漫画などは、「男性がメインとなっている」という点でBLと要素が重なってしまうのです。そうなると腐女子は「狙っていない」作品もBLとして見るようになります。その風潮が今の二次創作溢れる世の中を生み出しているのではないかと僕は考えています。従って、『ヤング ブラック・ジャック*3』や『おそ松さん*4』などのように、旧来の作品のリメイクが腐女子の興味の的となるのは、「古い漫画」がオタク層に特化した作品ではない=女性登場人物の影響が作品中でそこまで強くないことが多いためではないでしょうか。繰り返しますが、あくまで仮説です。統計はとっていません。

 ほかにも、歴史漫画、擬人化等々興味深い言及は多く、読みたい作品も満載でした。

 

 それから、午後は戦争に関する発表を聞きました。これはちょっと難しい話もあってあまりわからないところもありましたが、原爆について*5従軍慰安婦、日本の占領など、ただ無知であるというだけでは済まないことも山積しています。

 ひとつ面白いと思ったのは、こちらでも「おじいちゃんの戦争体験を聞いてこよう」みたいな取り組みをしている学校があるということです。僕も小学校でやらされましたが、うちの場合、祖父母とも疎開していて激戦の模様を知りませんでしたし、まして祖母は米屋に疎開していたためふつうに白米を食べていたとのことで、ある意味貴重な証言ではありますが、戦争の証言としてはあまり参考にならなかった覚えがあります。僕の祖父母で疎開していた年代なのですから、戦争を経験として語れる年代はもうほとんど残っていないのでしょう。いまはアーカイブも容易ではありますが、生の声が聞けなくなるというのは残念なことです。

 戦争に関連して、日本軍のプロパガンダを新聞漫画に見るという研究をされている先生もいらっしゃいました。この方は日本の大学の先生でしたが、個人的にご縁のある大学でもありましたので、親しみを持って聞かせていただきました。書誌や知られざる作家など、僕の興味にも近いところでしたので今後もっと調べたいジャンルでした。

 

 そんなところで会場を切り上げ、2日間にわかる学会は終わりました。膨大なインプットを、すべて明示的に活かすのは不可能ですが、潜在的にはこれからかなりの力を発揮するものと思います。

 なにより、こうした研究を目の当たりにする面白さを改めて認識しましたし、自分の中の探求心の光がまだ薄らいでいないのを確認できただけ、この会場で得たものは大きかったと言えます。

雨月物語 (学研M文庫)

雨月物語 (学研M文庫)

 

 

*1:僕もデカい顔をしていますが、伝統的な国文のありかたを考えれば本など読んだうちに入らないと思います。とはいえ、趣味として古書やら初版本やらに触れている中で得た知識は、並の学生より豊富なものであるということでご勘弁願いたいところです。

*2:これはまた別項で長々と書いてみたいですが、同様にして英文卒が英語を全く話せない状況も、やはり日本の大学教育の大きな課題としてあると思います。

*3:言わずと知れた手塚治虫の不朽の名作をベースとして、主人公ブラック・ジャックの医学生時代の奮闘を描いた作品です。僕はアニメで確認したのみですが、連載当時の時代背景をうまく作品世界に取り入れていました。BLとかそういう要素関係なしに楽しめる作品ですし、少なくともアニメについては手塚の「スターシステム」が踏襲されていて、百鬼丸七色いんこといったゲスト出演がうれしかったです。

*4:赤塚不二夫のギャグ漫画作品『おそ松くん』のリメイクアニメです。時代が現代になっているほか、登場人物としては原作の10年後という設定になっています。初めしばらくは原作の雰囲気がでていてよかったのですが、次第にそれこそ腐女子の視線を意識した作風となり、しつこさが否めませんでした。よく考えますと、声優の起用具合を見る限りは初めから腐女子ウケを狙っていたのでしょう。

*5:過去の戦争における責任について、「謝れ」だの「謝るつもりはない」だのと応酬することは僕は的外れだと思います。罪の意識がいらないとまでは言いませんが、少なくとも済んだことなのですから、その謝罪ばかりに固執していてはいたずらに確執を引きずるばかりではないでしょうか。政治的な云々はわかりませんが、平和への祈祷、平和の継続ということをこそ念頭に置いて、お互い円満に関係できないのかなぁとニュースを見ています。