日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在136日目:群衆を前に②「ヒトラーは英雄か」

 書道には近くの高校からパートナーがお手伝いに来てくれていました。せっかくだからということで、書道が終わった後のクラスで「おしゃべりサロン」と同様の発表をお願いしました。彼女の趣味が全開に生かされて、前回よりも嵐の要素が強く、僕にとっては更にわからないものとなりましたのでここでの言及は避けます。興味のある方は「フィリピン3期」のFBページ*1をどうぞ。

 そのクラスというのは3時間ぶっ通しでなされるクラスでして、なかなか耐久力を要する時間割だなと思うわけですが、今日は唐突に半分で終わってしまいました。先生に聞いてみますと「デモがあるから」とのことでした。

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  そういえばと、昼食の時に先生たちがテレビニュースに釘付けになっていたのを思い出しました。内容は、マルコス元大統領が英雄墓地に埋葬されたというもの。少し前から話題になっていたのは知っていましたが、それが実行に移されたということです。

 ニュースを見ているときには、いわゆるいつもの政治ニュースにすぎないと思っていたのですが、授業が終わって外に出ますと、おびただしい数の学生・先生が反対の声を上げていました。 普段はジプニーを始めとして、車がぶんぶん走り回っている道路ですが、人の波によって完全に封鎖されています。

 しまいにはUPの学長(というのかどうかはわかりませんが、ともかく一番偉い人)も車の上に登壇して「マルコス、ヒットラー!」というような文句を復唱します。学科の先生方もデモに参加していまして、カティプナンという、かつて存在した革命団体の名前を冠した通りに向かって練り歩いてゆきます。

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 僕らはきりのよいところで抜けましたが、この一体感は凄まじいものを感じました。日本でこういう活動を目にするとすれば、極端な主張を掲げた集団であることがほとんど*2だと思いますが、規模はこの比ではありません。それだけマルコスの埋葬について、国民が一丸となって反対しているということですし、それを表明するという清々しい国民性の表れともいえるかもしれません。

 

 たとえばドゥテルテ大統領の挙動については意見が分かれていますが、マルコスの件についてはほぼ全員が異を唱えているようです。そんな状況にあって、なぜ英雄墓地の埋葬と相成ったかといいますと、簡単に言うと慣例に従っただけということらしいです。

 要するに、遺族が臨んだ埋葬について、法律とか裁判所の言い分としては、「過去にも大統領を英雄墓地に埋葬したことあるから、別にいいんじゃない?」となっていて、決定権を持つドゥテルテ大統領は「法律に従っただけ」と、許可を出してしまったとかいうことです。

 細かい思惑などについて、僕には理解の及んでいないところがありますが、暴動が予想されるからといって、今回のようにこっそり埋めてしまったというのは反感を買って当然でしょう。ましてこれだけ反対されているのです、国を挙げて妥当という結論がだせるべくもありません。

 

 「アイドル」の発表の直前に、他のクラスで日本語を勉強している学生が、星新一のショート・ショート「おーいでてこーい*3」についての紙芝居めいた発表をしていました。際限なくモノを捨てられる穴に、人々が次々と不要物を放り込んでいくというお話ですが、発表者が「みなさんは、こんな穴があったら捨てたいものはありますか」と聞くと、聞いている学生から「マルコス」という答えがでました。笑えるようで決して笑い飛ばせないのが、いまのフィリピンの現状みたいです。

現代フィリピンを知るための61章【第2版】 (エリア・スタディーズ)

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日本の思想 (岩波新書)

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ボッコちゃん (新潮文庫)

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*1:https://www.facebook.com/Nihongopartnersph3/

*2:僕は政治があまりわかりませんので、こういう話題には日本についてであってもほとんど答えられません。ただ、民主主義である以上、国民は常に監視の目を光らせなくてはいけませんし、従ってどんな政権になろうとも反対の声が上がるのはある種正しいことと思います。けれども、それが行き過ぎて反対の意見を持つ人を不必要に攻撃したり、抗議活動に参加して学業をないがしろにしたりするのは褒められたことではないでしょう。

*3:星新一の作った1001のショート・ショートのうち、おそらく最高傑作のひとつに数えられるでしょう。10ページに満たない短さと簡潔さを保ちながら、あれだけ普遍的なメッセージを残せるのですから、天才と言うほかありません。僕も中学のころ愛読していまして、たいていのショート・ショートは読みましたが、作品集としてはやはり本作も入っている『ボッコちゃん』が勧めるに値する最良の1冊でしょう。なお、個人的には、彼の作品の魅力はその素朴な描写にあると思うので、アニメ化などは必要ないと思います。