日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在127日目:日本語クエスチョン③

 授業に顔を出していますと、当然あれこれと質問が飛んできます。もちろん文法やら類義語やら「微妙な」質問もあるにはありますが、多くの場合は「~は日本語でなんですか」式の質問です。それは迫りくる先生の名指しに答えるためであったり、単純に自分の興味関心であったりするわけですが、それにしたって「どうしてそれを?」と思うようなことも何度かありました。

 

“Who is my owner, what is my task?”

 これは先生が5才くらいの娘さんをお連れになった時に聞かれた質問です。

 「Kuya chiariroに日本語を教えてもらいなさい」と周りが勧めるので、その子は僕の前に座り、上の英文を日本語で何というかを尋ねてきたのです。「Kuya*1」と呼ばれるのが初めてで若干緊張していたのもありましたが、文脈が今一つ掴めないため「owner」の訳語に何が適切かわからず、この時はうまく答えられませんでした。

 よくよく聞いてみれば、これはある小説の一節とのことでした。日本を舞台にしているのか日本の作品なのか聞きそびれましたが、ともかく彼女にしてみれば、自分の愛読している作品の印象的な一節を日本語でどのように言うか知りたかったということでしょう。「将軍」では言いすぎでしょうが、「大名」もちょっと箔がつかない感じです。どうも歴史に疎くっていけませんね*2

 漫画やアニメが学習動機になるというのは近年の強いトレンドですが、具体的なフレーズもうまく活かせば楽しく学習できるかもしれません。ただし「だってばよ」のように要らんことを先に覚えてしまうのには注意が必要かと思います。

 

√5、2^3

 外国語で数字を勉強した後には、計算問題がでるというのもよくある話です。僕のフィリピノ語の授業でも加減算くらいはやりました。

 教科書「げんき」にも足し算と引き算がでてきまして、趣旨としては数を答えるだけでよいのですが、あるクラスでは「たす」「ひく」に加え、「かける」「わる」といった語彙も導入していました。あまり使わないとはいえ、知らないと他の語ではどうしても表現できないタイプの表現ですね。

 で、そんな話をしていますと学生からの質問が。

「ではSquare rootはなんといいますか?」

即座にSquare rootが何のことかわかりませんでしたが、いわゆる二乗根のことですね。もちろん「√5」は「ルートご」と読みます*3。立て続けに「Involutionは?」と聞かれますが、今度こそまったくなんだかわかりません。先生に例を出してもらってようやく「累乗」のことだとわかり、「2^3」なら「にのさんじょう」だという読み方を教えました。

 どこでそんな言葉を使うのかと不思議だったのですが、後で聞くと数学専攻の学生なのでした。やはり興味とか専門の言葉は知りたくなるのが当然ですし、より実用に近いのだとわかります。例えば僕の場合も、鳥の名前は英語で言えませんが、言語学の用語ならそこそこわかりますし、専門の方が覚え甲斐があるというものです。

 好きな分野は勝手に言葉を調べるモチベーションも生まれやすいわけですが、その反面語彙の選定を誤ってしまうこともあります。このあいだ遭遇したのは”My hobby is drawing.”の訳語として「趣味は描画です」といった学生でした。意味としては正しくても、「描画」という表現はまず使われないもので、やっぱり「絵を描くことです」くらいが望ましい言い方でしょう。昔見た日本語教育のビデオでも、理系専攻の学生が料理の説明をする時に「攪拌(かくはん)」という語を使っていました。混ぜることには違いありませんが、この場面では使わない、ということを強調したほうがよいかもしれません。

 

・「ある」と「いる」

 初級の文法項目は思いのほか多岐にわたっていますが、UPで最初級のクラス(週2回で半期)を終えますと、だいぶ日本語が話せるようになっていると思います。

 少し前に「ある」と「いる」の説明をする授業がありました。基本構文としては「PLACEに{THINGがあります / PERSONがいます}」で、方向の言い方などを覚えてしまえばさして難しいというわけでもありません。

 「ある」「いる」の違いは、パッと思いつく通り、前者が生物の存在、後者が植物を含む非生物の存在を示すものとして教えられていますが、そのスキを突いてくるのが学習者というものです。

 まず聞かれたのは「dead personはどうか」というもの。状況が今一つ浮かばなかったので文脈を尋ねたところ、「道を歩いていて『あっ』と見つけたとき」とのことでした。稀有なシチュエーションですが、恐らくこの場合、対象が「死んでいる」と分かっていれば主語は「死体が」になりますので、「あります」と表現することになるでしょう。もし「死んでいる」ことを知らなければ、話者にとっては(生きている)人が倒れているに過ぎないわけですので「いる」です。また特定の個人として名前を知っていても、「chihariroさんの死体が」という表現でこれも「ある」が妥当かと思われます。

 次に聞かれたのは、ロボットはどうかという問題でした。「ASIMO*4は『いる』ですか『ある』ですか」というわけですが、どうでしょう。僕なら「いる」と言うような気がします。とりわけ彼(男だと思い込んでいましたが自信はありません)が階段を上ったりボールを蹴ったりしているのを見ると、「ある」というにはちょっと無機質すぎるかなという気がするのです。逆に、バッテリーを切らして転がっている(また電池切れだと明確に分かっている)とすれば、これは「ある」と言ってよいかもしれません。

 ASIMOは無論生物ではありませんが、「いる」と表現できそうな感じがすることから考えると、「いる」は自律行動するかどうかが大きく関係しているように思われます。他の例を出しますと『いさましいちびのトースター』の主人公ブレイブ*5は「いる」でしょうし、植物でも「トリフィド*6」のようにウネウネ動きますと「いる」と表現できそうです。

 この「自律行動する」というのは事実とは関係なくて、あくまで話者の主観としてそう体感されているということです。ですから、どう考えても自分で動いているわけでないのに「急いで、バスはまだいるよ!」と言えるのは、「バス」を自分で行動する生物的にとらえているということになるのではないでしょうか。

いさましいちびのトースター (ハヤカワ文庫SF)

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トリフィド時代―食人植物の恐怖 (創元SF文庫)

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怪物の事典

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私説博物誌 (新潮文庫 つ 4-10)

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*1:もともと「お兄さん」という意味ですが、ウェイターとかを呼び止めるのにも使われます。なお「お姉さん」は"Ate"です。

*2:僕はどうにも社会科が苦手というか好きになれず、中学のときにろくすっぽ勉強しなかったのに加えて、高校では完全に理系選択でしたのであまり素養がありません。便利なことに、文系志望に切り替えても数学で受験できるのだから、優しい時代だなと思います。

*3:三乗根になると「ごのさんじょうこん」でいいでしょうかね。この場合、テキストとしてどのようにタイプすればいいのかは知りませんでしたが、「∛」という記号がいちおう用意されているようです。

*4:小学校4年生くらいのときに、お台場の科学技術館で初めてASIMOを見ました。走るモーションや階段を確実に上がる動作に感心したものです(確か一度転んでいた記憶がありますが)。その後あれ以上に人間らしいロボットが開発されたという話は聞きませんが、どうなったのでしょう。見た目ということならば、ホテルなどの受付用のアンドロイドがかなり人間に近いですが、動き方でいうと近年あまり注目されていないのですかね。Softbankのペッパーもそうですが、もはやロボットは「夢」から「実用の道具」と見なされるようになったのかもしれません。

*5:恥ずかしながら原作は未読なのですが、「ブレイブ」と表記するのはアニメだけっぽいですね。ずいぶん前に吹き替えで観ましたが、吹き替え陣の充実や時折挟まれるミュージカルは大変に楽しいです(これに限らず『フィニアスとファーブ』のようにミュージカルが挟まれるアニメはたいてい好みです)。今回ちょっと調べるまで気づきませんでしたが、この邦題は「勇ましいちびの仕立て屋」のパロディなのですね。

*6:これも実は未見です。確か中学の時にジェフロビンの『怪物の事典』で見たのではなかったかと記憶しています。その後筒井康隆『私説博物誌』に出てきて認識を固めたのではなかったかな。