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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在98日目:脳の煮え立ちそうな日②「この+本=これ」

 続いては「コソア」の授業です。一応申し上げておきますと、本来ならパートナーズに求められるのはあくまでもアシスタントであって、単体で授業を行うことは推奨されていません。けれども、僕の志望が日本語教師であることや、いちおう有資格者であることが考慮されてか、「コソア」についての導入となる授業をやってみないかとご提案頂きました。

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  UPでの授業を見ていますと、基本的な置き換え練習は徹底的に成されている印象があり、学生の方でもそれをさして退屈に感じずに取り組んでいる様子です。従って僕の方法としても、終始しつこいくらいに口頭練習をさせて、口が先に慣れることを目標としました*1

 

 「コソア」といっても「これ・それ・あれ」「ここ・そこ・あそこ」「こう・そう・ああ*2」「こちら・そちら・あちら」のようにいろいろあるわけですが、初めに勉強するのは「これ・それ・あれ」の組です。

 一般的な英語話者の場合にどうなのかはあまり詳しくありませんが、少なくともフィリピン人にとって「コソア」の基本的な使い分けはそんなに難しくないようです。というのもフィリピノ語では「ito / iyan / iyon」という同様の指示代名詞が存在していて、「話し手に近い」「聞き手に近い」「両者から遠い」と性質も同じ*3なのです。

 また「コソア」は代名詞として使われる場合と連体詞として名詞に先行する場合とで形が変わりますが、この点もフィリピノ語は同じです*4。ただし「これ」と「この」はどうしてもこんがらがるらしく、今まで見てきたクラスでは「このは本です」のような文をつくる学生が多くいました。この点はみっちり練習したいところです。

 それから「どれ」についてですが、日本語の性質として疑問詞が来たときには助詞が「は」ではなく「が」になり、次いでそれに応えるセンテンスでも「が」が使われます。日本語学習者が最初に覚える文のパターンはほとんどの場合「XはYです」だと思いますが、この場合にはすでに習った方法に流されることなく文を構成する必要があるわけです。

 以上の点を重点的に練習すべく、アクティビティをいくつか用意しました。

 

 ものを指示するわけですから、ものの名前をたくさん知っていなくては話になりません。従って教科書に出ている名詞を20弱提示しましたが、ほとんどは既知の語であるようでしたので、FYIとして追加の語彙をさらっと扱いました*5

 で、「コソア」について触れていくわけですが、練習との兼ね合いもあって次のように記号化して示すことにしました。

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絵は非常に不得手ですので、MSOを駆使してわかりやすく作ったつもりです。記号で理解してもらった後には、体をつかって「これ・それ・あれ」を復唱させました*6。少しでもクラスを活気づけなくてはという配慮のつもりでした。功を奏したかを判断する余裕はありませんでしたが。

 

 次の練習は、語彙の確認もかねて「{これ/それ/あれ}は~です」の文をつくってもらいました。ここでは「コソア」の練習もさせたかったので、キュー*7の出し方に少し悩みましたが、次のように記号を使うことにしました。

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記号のSpeakerが自分と仮定した時にどう言い表すか、という練習です。単純ではありますが、スピーディに確認できたので方法としては良かったと思います。

 

 次は「{これ/それ/あれ}はなんですか」の質問とそれに答える形の確認練習です。やはり対話練習も必要ですから、ド定番のインフォメーションギャップを使うことにしました。テキストにも同様の練習問題はありますが、アイテム数などの関係から自分で作ることに。

 

 ペアを作らせて、両者に別々の紙を配り、ブランクになっている部分を「なんですか」と問う練習です。しかし、始めてから大きなミスに気づきました。両方の紙で「YOU」の立ち位置が同じままになっていたため、「これはなんですか」のこたえが「これは~です」になる事態が発生してしまったのです。慌てて訂正を申し渡しましたが、ずいぶん混乱させてしまいました。

 ブランクには日本語でアイテム名を書いてもらい、最後に答え合わせとして答えとなる「{これ/それ/あれ}は~です」の文をホワイトボードに書かせました。平仮名のミスもそんなになく、どうにか形になったと思います。

 

 次に「この・その・あの」ですが、これはまず「の」と「私の本」とを結び付けて説明しました。つまり、つなぎの働きを持つのが「の」だから「この」単体ではありえない、ということです。次いでこれまた体を使って練習ですが、「この」「本」と片手をだしながらいい、それを合わせて「これ」というモーションです。PPAPを想像していただければおおむね間違いないです。

 再びさっきのスライドを持ってきて、「この~」の練習。しつこいようですが、案外飽きずにやってくれるものです。

 

 本当はこの段階でもうひとつアクティビティを用意していたのですが、時間が足りずにできませんでした。

 内容として、まずクラス全員から1本ずつペンを集めます。その際付箋で名前を書いてもらい、どれは誰のペンかがはっきりわかるようにします。ペンを集めた箱をクラスに回してチェーンドリルとなるわけですが、やり取りは「このペンはAさん(対話相手)のペンですか」「いいえ、そのペンはBさんのペンです」「どれがAさんのペンですか」「これが私のペンです」という感じでやってもらいます。このとき「このペン」を使うか「これ」を使うかは学生の裁量と予定していましたが、もう少しはっきり文型を固定したほうがよいかもしれません。

 

 練習にかかる時間の見積もりが甘かったこと、教材の作り方が甘かったことなど、反省は多いですが、どうにか授業としては成立していたと信じたいです。

*1:いわゆるオーディオリンガルメソッドといったところでしょうか。少し古いやり方かもしれませんが、殊こうした基本的且つ重要な文法項目では多用してもよいと思います。

*2:小学校3年生の時に、国語でコソアの授業がありまして、僕には「ああ」がピンときませんでした。それは他のクラスメイトも同じだったようで、先生に質問したところ、「あぁ~(納得の語調)っていうでしょ」と言われました。先生の誤りに気づいたのは数年たってからのことです。

*3:フィリピノ語は知りませんが、日本語のコソアは必ずしも話し手と聞き手との距離(対立型)ではなく、「融合型」と呼ばれる、単純に話者からの距離に比例する用法も確認されています。

*4:それぞれitong、iyang、iyongとなります。

*5:例えば「Tシャツ」から連想した「ワイシャツ」、「ペン」から「ボールペン」「シャープペンシル(シャーペン)」を扱いました。

*6:TPR、トータルフィジカルレスポンスでしたっけ。体を動かしながらやると覚えやすいみたいです。

*7:合図のことです。ここでは特に、何を元に文章を発話するかというところを意味しています。