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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在79日目:あるバタついた1日②「ふろしきと芸者と」

 ふろしきのプレゼンはすでに3度をこなしていますので、それなりに流れもつかめてきました。やるたびに「ここはこうしたほうがいいな」「こういう情報も盛り込もう」などとアップデートを重ねています。自信こそ常にありませんが、最新が最高になるべく努力はしているつもりです。

 ただ今回ちょっと事情が違ったのは、今日のコマにJFMの方が視察にいらしたということです。

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 もともと、この日の10時からの授業にいらっしゃるという話は聞き及んでいましたが、曰く「早く着いたので8:30からの授業も見せてほしい」とのことでした。実をいうと10時からのコマはどちらかというとあまりやることがなく、僕の活躍を御覧に入れるという趣旨からすると、少なからぬ物足りなさが予測される回だったのです。ですから僕といたしましては、「UPでの活動が楽しい」とご理解いただく上でもありがたい機会と受け止めました。

 

 発表自体はいままでと同様です。ふろしきの歴史についての説明、使われ方の提示、それから実演という順に紹介していきます。

 今までやったクラスに比べて、布を持ってきていない学生が多かったような感じがしましたが、もともと在るグループ内でシェアしながらやるように一応の指示は出しました。とはいえ布に対して学生が余る状況は変わらないわけで、その中での工夫は今一歩必要だったなと思います。

 JFの方のご講評としましては、余分な布を用意したほうがよいというのに加えて、導入部に工夫したほうがよりよくなるということでした。確かに僕としても、いきなり歴史から入るのには抵抗があったのですが、他に方法が思いつかずこの流れをとっていました。JFの先生にご提示いただいた例がしっくりきそうなので、次にやるときにはうまく組み込んでみたいと思います*1

 さらに言うと、今日のこのクラスは先の「日本の歌」のクラス同様、先生がいない中僕がクラスを回す必要がありましたので、どうにかして自分の発表を伝えようと英語の比重が大きすぎたきらいもあります。たとえ未習の語彙でも、ふろしきに関連付ける限りは導入してしまってもよかったなぁと振り返って思います。

 

 続けて、もともと見学予定だったクラスへ。ふだんならそれなりにアシストすることのあるクラスですが、この日は学生のグループ発表の日だったので、僕の役目としてはコメントをして加えるべき情報を示すくらいのものでした。

 発表のひとつめは「芸者」について。グループ内の日本に行ったことのある学生が着物を着たことがあるらしく、そこから興味を持ったということでした。内容としては、芸者として一人前になるまでの流れや、どのような技能を身につける必要があるかというようなもので、僕にとっては知らない情報だらけという感が強かったです。

 プレゼンの半ばで、実際の芸者と「金比羅船船」というゲームをしよう、というコーナーがありました。グループのひとりが浴衣に顔面白塗りという出で立ちで登場し、雰囲気は満点です。クラスの何人かが挑戦したのですが、最後に僕がご指名いただき、果敢に芸者さんに挑みかかりました。結果、どうやらよい成績を残したようで、賞品として湯呑を頂いてしまいました*2

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 いまひとつの発表は「日本の神話」についてでした。古事記の伝承にあるアマテラスやスサノヲ、オオクニヌシなどのエピソードが語られます。少し準備が不足していたのか、進行にギクシャクした点はあるものの、僕の見た限りは正しいことが話されていました。柳田や折口の名前まで持ってくるとはさすがに思ってもみませんでしたが。

 それぞれの発表に対してコメントを求められたわけですが、あいにくどちらについても語るべき知識を持ち合わせておらず、そもそも発表の妥当性すら判断がつかないのです。仕方がないので得意分野の文学に話を寄せて、参考になるような日本の本を紹介しました。

伊豆の踊子 (新潮文庫)

伊豆の踊子 (新潮文庫)

 
雪国 (新潮文庫 (か-1-1))

雪国 (新潮文庫 (か-1-1))

 
遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)

遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)

 

いずれも英語版が手に入りやすい作品ですし、日本での評価も確立していますのであたりさわりはないでしょう。当時の風俗を知る上でも、文学はよい資料となるように思います。

 

 終わって、JFMの方々と面談。授業はうまくいっているか、先生たちとの関係性は、寮での生活は、など、そんなに心配しなくてもと思うくらい細かく聞かれた印象です。

 大学という性質上、僕が手を出す余地のない授業もあったりするわけですが、先生との関係がうまくいっていないということは(少なくとも僕の視点からは)まったくありません。もともと知っていた先生も、新たに知り合った先生も等しく優しくしてくださいます。そんななかでタガログ語のひとつも話せないのは、たまらなく申し訳なくなってしまうほどなのです。

 生活についても、食事は必ずしも健康的に摂っていませんが、おおむね問題ありません。設備として、強いて言えば電子レンジや炊飯器があると助かるかもしれませんが、元来料理のできない僕にはどちらも同じという気がします。

 

 お二方がお帰りになった跡にも、まだまだ授業は続くのでした。(続)

*1:日本語の授業でもそうですが、最初に完成形を示すというのが導入の上では定石のようです。ふろしきでいうと、どういう場面で必要となるかというシチュエーションを示すことができることになります。

*2:部屋にはグラスとティーカップがあるのですが、前者は深くて洗いにくく、後者は小さくて使いにくい欠点がありましたので、とても助かりました。