日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在79日目:あるバタついた1日①「きつねはどう鳴くか」

 忙しいといったって、あくまで僕の立場はアシスタントなのですから底が知れています。いくら週当たりのコマが多いからといっても、授業を丸々構成しなくてはいけない先生方のご苦労を考えれば、僕の手間など何もしていないようなものです。

 よくよく考えますと、例えば日本の高校で教師の職に就いたとしたら、毎日はもっと忙しいだろうと思います。教育実習の身分ですら目まぐるしい毎日に困憊していたのです*1から、本職の方の疲労を想像するだに大変です。

 とは言いながらも、学生と話したりしている間は疲れを全く忘れられるのだから不思議です。教育することの楽しさはここにひとつあるのだと思うと同時に、つくづく僕は教育に携わりたいのだなと感じます。

 この日は語るべきことがあまりに多いので、記事を3分したいと思います。

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 7時からの授業は、新ネタ「日本のうた」です。Japaneseな歌を矢継ぎ早に紹介して、そこから垣間見える日本の姿を楽しんでもらおうという企画です。

 対象のクラスは最初級のクラスで、カタカナがようやく終わったレベルです。「ふろしき」みたいな実用面の文化発表をしてもよかったのですが、ただ楽しむためだけのプレゼンもやってみようと、歌を持ち出すことにしました。ちょうど字も読めるようになったわけですから練習も兼ねた活動というわけです。

 

 まずは導入(ウォームアップ)としてドレミの歌」*2を歌ってみることにしました。

 これを初めに持ってきたのは、劇中の言葉を使って”Let’s start at the very beginning”としゃれこんだ、というのもありますが、有名な曲*3でありながら日本語独自の観点から作られた歌詞だからという理由もあります。例えば、最初に目につくのは「シ」という音名です。周知のように英語では「Ti」ですから、発音は大きく異なるという面白さがあるかと思います。現に「これはカタカナでどう綴ると思う?」と聞いたら、出てきた答えは「ティ」と「チ」だけで、「シ」という意見はありませんでした。

 それから歌のメインとなる「ドはドーナツの”ド”」に始まるパート*4も、英語の発音と日本語の発音との違いを楽しんでもらえたようです。一番わからなかったらしいのは「ドーナツ」で、正確にDonutと理解できた学生はいませんでした。

 さすがに曲に合わせて歌うのは難しく、ほとんどついてこられませんでしたが、あくまで掴みなので簡単に流しました。

 

 次は「こぶたぬきつねこ」、懐かしいですね。これはこのクラスを担当なさっている先生にお勧め頂いた曲でしたが、ただ歌と振り付けだけでは面白くないので、これを使って何が紹介できるかを考えました。

 ひとつは、2番の歌詞「ぶぶぶー、ぽんぽこぽん……」という鳴き声のパートを使ってのオノマトペ紹介です。以下に、歌に登場する動物についての違いをまとめてみます。

 

こぶた OinkOink  ぶぶぶー

たぬき (NONE) ぽんぽこぽん

きつね (NONE) こんこん

ねこ  Meow  にゃお

 

 正確には、たぬきのは鳴き声ではなくて腹太鼓をたたくという信仰によるものですが、それを説明するのもひとつ有意義だったと思います。たぬきときつねとはフィリピンにはいないようで、あとから先生に確認しても定着したオノマトペはないようでした。「なんて鳴くと思う?」と聞くと学生たちは「シャー」みたいな音をたてていたのが面白かったです。

 後日談ですが、言語学科の先生にオノマトペについていろいろ聞いたら、こんな曲をご紹介いただきました。

www.youtube.com“What does the fox say?”と、きつねが鳴かないことを強烈に示した歌です。他の動物の鳴き方もふんだんに盛り込まれていますし字幕もあるので、なにかしら教育で使いやすいように思います。ちなみにフィリピン語で犬は「awaw」、にわとりは「tiktilaok」と鳴くそうです。発表のときには、ついでににわとりの話をしようと思いながらも忘れていました。

 この歌でいまひとつ伝えられるのは「しりとり」という遊びです。曲のタイトルで、動物の名前がくっついているのはこのゲームの発想によるという簡単な説明をしました。まだそんなに語彙量がありませんから、例として「しりとり→リンゴ→ゴリラ→らっぱ→パラソル」というわかりやすい流れを紹介するにとどめました。

 この曲には振り付けがあって幼稚園なんかでよく踊られていますが、Youtubeで資料を探したところ、僕が記憶しているものと完全に一致するものはありませんでした。僕の習ったのは「鼻を押し上げる→腹太鼓→目を釣り目に→顔の前でこぶしを開いてヒゲを模す」というプロセスでしたが、簡単なので口頭の説明で大丈夫でした。

 

 お次も定番、「おべんとうばこのうた」です。振り付けが楽しいですし、いろんな食材について覚えられるかなと思い採用しました。

 冷静に考えるといまいちよくわからない献立ではありますし、現代では「すじのとおったふき」なんて食べる機会がほとんどなさそうなわけですが、そこはまあtraditionalと受け取ってもらえたらと不問にしました。他の「ごぼう」とか「れんこん」あたりは、和食の食材として是非知っておいてもらいたいところでもあります。

 振り付けの映像は、見た目のよさもあってハローキティのものを使うことにしました。Youtubeで見ることができますが、どうやら公式ではないのでここには載せません。流した時に若干の歓声が上がったあたり、キティの人気がうかがえるというものですね。「んじんさん」「くらんぼさん」「いたけさん」「ぼうさん」が数字を表しているって、これの準備をするまですっかり忘れていましたね。

 

 お次は季節がら秋の歌をいくつか紹介しました。

 

 秋は「nostalgic」な季節だと伝えたうえで、「小さい秋見つけた」を簡単に提示します。これもYoutubeから持ってきましたが、かっちりとしたハーモニーが却って不気味で寂しい印象を与えます。文学的な読みをすれば、これは必ずしも秋の情景を歌ったものとは言えないようですが、そのものさびしさは秋の雰囲気としてはぴったりではないでしょうか。ところで、鬼ごっこの「鬼」って英語では”it”なんですね。いちいちダブルクォーテーションのジェスチュアをするのが面倒でしたが、なくても伝わったのかもしれません。

 

 「虫のこえ」は秋の風物詩としてはかなり大きなウェイトを占めている(であろう)虫の鳴き声と、そのオノマトペとを紹介するために使いました。

 始めに音だけを聞かせてみて、どう書き表すかを考えさせてみまして、そのあとで歌詞に出てくる表記を見せるという流れです。ちょっとしくじったのは、採用した音源の歌詞が「きりきりきりきり こおろぎや」になっているのに「きりきり」を「きりぎりす」の鳴き声と紹介してしまったことです。情報量が多すぎて疑問に思う暇もなかったのかもしれませんが、どちらかに統一するべきでした。個人的には、語感を合わせるためにきりぎりすを採用したいのですが。

 うまおいの「スイーッチョン」という鳴き声はいま僕が住んでいる寮のあたりで耳にしますから、たぶんフィリピンにも同様の種がいるのだと思います。ただ、学生に話してもピンと来ていなかったので、「虫のこえ」を聞くという発想がないのかもわかりませんね。

 

 最後は十五夜さんもちつき」をやりました。僕は小学校2年生の時に習ったのですが、周りに聞いても知っている人があまり多くなく、若干古い遊びなのかもしれないです。

 まずはこの時期のもちはMoon Festivalのために重要だということを話し、「月ではうさぎがもちをついている」ことにも触れました。月の画像を見せてうさぎに見えるかどうかという実験をしようと思っていながら、スライドに組み込むのを忘れ、残念です。次やる機会があったら、うさぎが月へ行った伝説も紹介したいところです。

 それから製造過程を、ビデオを使って見せました。臼と杵を使うこと、くっつくから逐一水でぬらす必要があること、重くて狙いを定めるのが難しいことなどを話します。ついでにおもち屋さんの「高速もちつき」も紹介して、いよいよゲーム開始です。

 使用した動画は以下です。

www.youtube.com実はこれ、僕が知っているやり方と若干違っていまして、当時の先生が間違っていたのかヴァリエーションなのかはよくわかりませんが、便宜上動画のやり方に従うこととしました。初めにデモをやってみせ、何度かトライさせます。動画のテンポはそこまで速くないので、どうにかついていけていたように見受けられました。

 学生が奇数だったのですが、ペアの作らせ方は若干失敗しましたので、もっとうまくやりたいところです。

 

 というように、けっこう盛りだくさんな1時間半でした。ちょっと詰め込みすぎて、各曲を印象付けるのには失敗した気もしますので量については改良の余地があります。

 これを終えた後は、別の初級クラスでよたび「ふろしき」の発表をすることになります。(続)

*1:当時担当した授業の延べ数は、期間中の3週間で24コマくらいだったと思います。これは準備から実授業まで始終僕が担当したものですが、学級においてもやることがありましたから、中々忙しい日々でした。しかしながら、僕の人生においてはかなり大きな思い出であることは言うまでもありません。

*2:いうまでもなく、名作『サウンド・オブ・ミュージック』の劇中歌です。僕が初めて見たのは確か小学校5年生くらいのときで、理由はよく覚えていませんが、この映画のファンだった父親にスパルタで英語の歌詞を覚えさせられた記憶があります。今思えばあのタイミングで覚えておいてよかったというものです。

*3:だと信じていたのですが、クラスに3-4人「知らない」という学生がいました。たしかに50年以上前の曲ですので、無理もないと言えばそれまでです。日本ではまだみんな歌えるのでしょうか。

*4:周知の歌詞はペギー葉山氏の訳によるものでして、語彙の選定が実に見事だと感心します。聞いた話だと、学生なんかがミュージカルをやる場合には著作権云々でこの歌詞が使えないこともあるそうで、母がその昔演じた舞台では「ドはドラムのド、レはレンズのレ...」と続いたらしいです。