日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在63日目:日本語クエスチョン②

 せっかくなのでシリーズ化しておきましょう。

 さすがに大学で日本語を勉強している学生は、中学生や高校生に比べると知恵が発達していますので、質問の切っ先はじつに鋭いです。類義語の違いであれば頑張って考えれば答えが出せないこともありませんが、彼らの疑問は時として国語史の領域にまで足を踏み入れてしまうのです。

 

 Ⅰ.なぜ助詞の「は」は/wa/と発音するのに「は」と書くのか

 ある1日の間に2度聞かれた質問です。「XはYです」という最も基本的な例文に登場しながら、その表記の理由についてはあまり語られません。日本人でも「こんにちわ」なんて書くことも少なくない時代ですから、学習者が疑問に思うのは無理もないことだと思います。

 以前読んだ『日本語の謎を解く』(参照橋本陽介『日本語の謎を解く』)に、「こおり」と「どうろ」の表記についての記述がありましたが、助詞の「は」についても同様の答え方ができそうです。

 平安時代に、語中・語尾に現れる「は(/ha/)」行の音が「わ(/wa/)」行の音に変化する、という現象が起こりました。ハ行転呼音と呼ばれる現象ですが、それでも表記自体はかなり時代が下っても「は」行のままで残ります。「思ひで」「かほり」なんかは今でもたまに目にしますね。

 戦後辺りからいわゆる「現代仮名遣い」が提示され始め、現在まで続く潮流となっているようです。現代仮名遣いでは基本的に音に準じた表記が採用されていますが、助詞の「は」「へ」「を」は、表記と音とが一致しない例の中でも極めて使用頻度が高く抵抗感が強いことが予測されたため、「わ」「え」「お」*1に変えず据え置かれることになったとか。

 

 僕の認識としては以上のような経緯ではありますが、これを学生に説明するとなると骨が折れます。やはりこのような基本的な事項は、考えずに丸ごと覚えたほうが都合はいいかもわかりません。

 

 

Ⅱ.なぜ促音は「つ」で表すのか

 日本語には特殊拍と呼ばれる音があり、日本語学習者にとっては発音が難しい場合があります。これに含まれるのは、撥音、促音、長音で、いずれも完璧にこなせる学習者はあまりいない印象です。

 促音については、例えば「けっこん」ならば「元が『結(けつ)』だから『つ』で表す」などと言えるかもしれませんが、それだと「切手」「学校」といった例が説明できません。

 調べてみますと、どうやら初め日本に入ってきた音としては、必ずしも母音を伴っていなかったようなのです。たとえば「学校」の「学」は「がく」ではなくて/gak/というような音だったらしく、それが時代を下るにつれて母音がつき/gaku/になったのだとか。

 他の音についてはそうして母音がついた音に変わりましたが、/t/はもうしばらくそのまま残ります。たとえば「結」ならしばらく/ket/と発音され続けたということです。残った/t/は「っ」と表されても特段不思議はないでしょう。で、「学校」を「がくこう」とは発音しづらいため、結果的に/gakkoo/となり、この/kk/の響き(詰まり方)が/tt/のそれと似ていたため、/tt/の場合同様「っ」が使われるようになった、と僕はそう理解しています。

 

 いずれにしても、やっぱり覚えてもらうしかありません。情報をもっておきながら、どれだけ簡潔にはぐらかすかというのも力量が問われそうですね。

*1:基本的に日本語教育では「を」は/wo/でなく/o/と発音します。日本人でも強調するときは/wo/と聞こえますが、ふだんは/o/と言っているはずです。