日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

滞在52日目:能の新しい姿を見る

 UP学内で、日本の伝統芸能「能」を見る機会がありました。聞けばフィリピン人で能を継承なさっている方がいるようで、台詞というか歌というかもフィリピノ語でなされるらしいのです。

 運よく先生から招待券を頂戴して、シアターに向かいます。夜7時からの公演なのにかなりの人が集まっていました。映画祭のときもそうでしたが、日本に少なからぬ興味を抱いている人がこれだけいるのですね。

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 招待券があるとはいえ名義は先生のものですので、おそるおそる出しましたら「JF(国際交流基金)の方ですか?」と聞かれてしまいました。この場合どう答えてよいか一瞬困りましたが、正直に「Not really」と言っておきました。とはいえ券の効力は強く、Reservedのかなりいい席にご案内頂きました。ありがたいことです。

 

 始まる前には国歌斉唱がありました。ここで少し「おっ」と思ったのは、フィリピン国歌に続いて「君が代」も流れたことです。曲に関しての個人的な主張はさておくとして、こういうところに国と国との交流を見られるのは喜ばしいことだと思います。

 

 前説は残念ながらタガログ語。どうやら大まかな話とかこの会が成立した経緯とかを話しているようなのですが、さっぱりわかりません。幸い手元のパンフレット(50ペソ)は英語でしたので少し読みますと、登場人物にボニファシオとリサールの名前がありました。そこまで詳しくありませんが、2人ともフィリピンでは英雄として崇められている人物です。以前マニラを観光した時に、フォート・サンティアゴでガイドさんの話を聞いておいてよかったですね。それがなかったら完全に知らない人物だったことと思います。

 

 初めは文楽のパート。

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 人形は洋服を着ていますし、音楽はソプラノ歌手によって歌われていますが、人形を操る方々の技術の妙は日本のそれでした。黒子の足元は高い箱のような下駄で、3人1組になって人形を操っています。以前浄瑠璃を見たときには遠すぎて確認できませんでしたが、手の部分を操っている方が、人形の向きに合わせて右手と左手を差し替えているのに気が付きました。その動きはあまりに自然なので、人形の動きを見ている分には気が付かないくらいです。

 

 次に能らしい能が始まりました。

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 いわゆる翁の面をつけた演者が、鼓に合わせてしずしずと動き、手紙のようなものを破り捨てます。音楽はタガログ語で吟じられていますので、翁がどういう存在なのかはよくわかりません。

 しかし、鼓でここまで表情をだせるものとは知りませんでした。かつてはフルートを吹いていましたから笛の良さはそれなりにわかるつもりですが、ポンと一打ちするにも熟練が必要なのですね。簡単なことではないとは知りながら、今度の鑑賞で身をもって体験した次第です。

 

 しばらく翁の動きを眺めていますと、ふいに舞台上の時が止まりました。途端、舞台の上座から黒いパーカー姿の男性があらわれて、何やら演説を始めたのです。スタッフの注釈なのかわからず、混乱しながら見ていますと、どうやらキャストの一員のようでした。彼に続いてスーツ姿の男性が2名、それからこれも洋装の女性が1名登場して、ポップコーン片手に映画鑑賞をするモーションを見せ始めます。

 パーカーの男性がひたすらに喋っているのですが、タガログ語なので相変わらずチンプンカンプン。彼の話すトーンは能のそれではなく、演劇のやり方でした。ところどころはテノールのオペラ調に歌い上げていましたので、たぶん歌手なのでしょう。

 頑張って聞き耳をたてていますと、スーツの男性の1名がボニファシオ、いま1名がリサールだとわかりました。僕の知識だと、ボニファシオが独立のためには武力行使もやむなしとする一方で、リサールはあくまで非暴力の統治をのぞんだはずです。スーツで映画を見ているわけですから演技には直接見られませんが、2人の態度にはその傾向が表れているように思われました。おそらくそのあたりの背景については、黒パーカー氏によって語られていたのでしょう。

 しばらくすると黒パーカー氏は腰元の銃を取り出し、ボニファシオ、次いでリサールを銃で撃ち殺します。

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死んだ2人は黒子によって仮面をつけられ、むくりと立ち上がったかと思うと熱い抱擁を交わしました。その間、翁は舞台下手にずっと座ってこちらを見ているのですが、これはなにを象徴しているのでしょう。パンフレットを読み込む必要がありそうです。

 女性は一度舞台から去り、少ししてウェディングドレスをまとった姿で再登場します。が、これも黒パーカー氏の手によって撃たれてしまいます。ボニファシオとリサールとの間に関係する女性っているのでしょうか。背景知識に不足しているのが実に悔しいです。

 

 舞台は一転、仮面にドレス(スペイン風)といういで立ちの人物が、笛と鼓に合わせて踊ります。

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先ほどまで音楽が能で演じられるのはフィリピン人でしたが、その関係がここで逆転したわけです。演奏なさっている御仁お二方はどうやら大御所の方らしく、うち笛の方は冒頭でご挨拶なさっていました。色眼鏡も大いにあるでしょうが、笛も鼓も響きが一味違うように感ぜられました。響きと言わずとも、笛のご老体の息の続くのにはまったく感心するほかありません。到底まねのできない、まさにプロの仕事です。

 

 ということで話こそあまりわかりませんでしたが、能というものをフィリピンという地になじむ形にアレンジしているのには驚かされました。古来の形を残すのもまず必要ですが、それを継承していくには現代に生きる人々の理解を得なくてはなりませんから、よい傾向だと思います。

 能については無知ですので、この演出が本来のかたちだとしたら申し訳ありません。しかし、自国の伝統に無知なのは僕だけではないと思いますので、ご理解いただきたいです。