日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

永井一郎『朗読のススメ』

 さて、今回読んだのはこれ。

f:id:chihariro:20160624213258j:plain

 さすがに有名な人ですので「永井一郎」と聞いただけでピンとくる方も多いとは思いますが、「サザエさん」で波平役を長らく演じていらした俳優さん*1です。まぎれもない名優でしたが、惜しくも2年前に他界されています。本書の刊行は2009年ですので、まだ元気でいらっしゃる頃に上梓された本ということになります。

 朗読という分野は、一見すると日本語パートナーズに関係ないようですけれど、たとえば発声の方法だとか、発音、方言といった問題はあながち無縁ではないでしょう。研修でも発声法の授業はありましたが、朗読のスペシャリストの話を改めて読むことで、音としての日本語について考えてみようという魂胆です。

 本の話ばかり続いて恐縮です。どうやら毎日の更新は厳しそうなので、3日は空けないくらいの態度で細々と書かせていただきます。

 

  「ススメ」との題名通り朗読をやってみようというコンセプトの本ですが、具体的なテクニックを羅列するというよりは、どちらかというと朗読に際してどのような心持で臨むか、どのような意識を持ったらよいかという指南書となっています。

 

 本書を通じて筆者が言い続けているのは、朗読では固くならず自由に読むべきだということです。こと発声において、体のリラックスが重要であることは言うまでもないでしょう。肩こりとか虫歯のようなフィジカルな問題も当然あるわけですが、精神的な問題について以下のように述べています。

赤ん坊の声が大きい理由は二つあると思います。一つはプレッシャーがないこと。もう一つは訴えたいものがあることです。(p.23)

日本語に限らず、先生は教室においてかなり声を張らなくてはなりません。僕もふだんそんなに声圧のあるほうではなく、中学校で教育実習をした際には「もう3割増して声を出したほうがいい」と指導されましたが、けっして機能的な欠陥ではないわけです。

 プレッシャーを抱えている例としては、集合住宅で大きな声を出せずに育った方が挙げられていました。つまりは極度に大きな声を出そうとしても、深層では罪悪感が根付いているのでうまくだせないというわけです。これは極端な例ですが、人前で緊張して声が出せないという方は多いと思います。そういう場合には、自分を捨てるべきだと著者はアドバイスしています。

とは言え、自分を忘れるということは難しい。自分を忘れるには、朗読に集中するほかありません。(p.25)

語弊を恐れずに言うと、教壇に立つことは先生になりきることではないかと思うことがあります。地が先生じゃない、というわけではありませんが、前に立つ(あるいは学校に入る)段階でスウィッチを切り替えることも必要なのではないでしょうか。生徒の前では常に「先生」でいるという気持ちが大切かと思います。

 2点目の訴えたいことというのも、発声のみならず意識として大事な項目です。「これを理解してほしい」「これを伝えたい」という心持があれば、おのずと通る声になってくるわけです。

 テーマが違うためにかなり大雑把な解釈をしているのは重々承知ですが、他の分野の本であっても参考になる点は多いという好例です。

 

 発音に関してはプロフェッショナルですので、その点についてもあっさりとではありますがわかりやすい解説がなされています。無声音や鼻濁音、アクセントの話も非常に読みやすいので興味あれば是非。

 むろん、演劇をされている方や、朗読をやってみようという方にとっては必読の書だと思います。

朗読のススメ (新潮文庫)

朗読のススメ (新潮文庫)

 

 

*1:最も人口に膾炙した仕事が声優というだけで、もともとは俳優としてこの世界に入られたそうです。今では「声優」として仕事を始める人がほとんどのようですが、この世代の方は大抵俳優から流れているケースが多いように思います。