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日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間派遣予定。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

第二次選考:面接

合格までの話(選考とか)

 必要な書類をすべて出したら、いよいよ最終選考の面接に挑みます。

 ここまで具体的な日程をご提示していませんでしたので、僕の場合の日取りを簡単に記しておきます。

 

 1月12日  書類〆切

 1月22日  書類審査(一次審査)結果通知

 2月15日  健康診断書、和文・英文履歴書〆切

 2月19日  面接(二次審査)

 3月3日    結果通知(内定!)

 

 以上のような流れでした。案外余裕はなく、メールが送られて来たら直ちに書類を作成して送付...という日々が続いた印象です。

 続けて面接について(覚えている範囲のことに限りますが)お話させていただきます。

 

  面接はすでに書いたように2月19日でした。時間は11:00~11:50と通達されていて、その15分前くらいに来ておいてほしいとのことでした。この日は金曜日で、僕は当然大学が休暇中なので問題ありませんが、お仕事をなさっている方は休んでいらしていたのでしょうか。

 ただ、要項によれば2月18日~24日のいずれかで行っていたらしいので、ある程度は考慮されるのかもしれません。(どのみち内定すれば仕事も休むのでしょうから同じことですけどね)

 

 場所は四谷三丁目駅からちょっと行ったところにある「国際交流基金本部」でした。なお会場はここしか用意されていないようで、すなわち首都圏外にお住まいの方もはるばる来なければならないそうです。都民は助かりましたが、関西からおいでの方もあったようで、さぞかしお疲れのことだったろうと思います。

 2階の待合室に通され、最終的に僕を入れて12人(たぶん)が待合室に集まっていました。あくまで見た目ですが、学生とそれ以外とで半々くらいといった印象です。和室でテーブルを囲って座ったのですが、「ここは君らのような若いものに機会を譲るべきかもしれないね」「いやいや、お互いに狙っていきましょうよ」みたいな会話が繰り広げられて、和やかな雰囲気でした。(余談ですね)

 

 面接自体は4名ずつのグループで行われます。始まってから気づきましたが、いちおう希望している国ごとにまとまって編成されていました。そういえば、提出する書類に「希望する国に丸を付けてください」という項目がありましたが、ともかく行くことに重点を置いて両方に丸を付けるか、本当に行きたい国のフィリピンだけに丸を付けるかでかなり迷った覚えがあります。もう一方の選択肢はインドネシアでしたが、やはり英語の勉強がしたいという理由もあってフィリピンだけに丸を付けました。

 面接官は3人。僕は就活をしたことがないので一般的な面接がどういったものかわかりかねますが、面接官と僕らとの間に意外と距離があって、それによる緊張感が新鮮に感じられました。

 

 まずは自己紹介を求められましたが、付帯条件として「自分の長所」も述べるように言われました。僕は自分が大学で何に興味を持って、どう学んできたか、何を思って海外に出るのか、という点を手短に話しました。長所ということで何を言ったかあまり覚えていませんが、たぶん「何事にも真摯に取り組めるところ」あたりを話したのではないかと思います。まあ、この質問項目についてはとても答えやすくて、逆に言うとこれに窮している(=自分の推すべき点が分からない)ようでは応募した甲斐がないということです。

 で、ここからいよいよ何を聞かれたか記憶が薄いのですが、できるだけ順番に思いだせることと僕の答えとを書いていきます。

 

・フィリピンにおける都会と田舎との印象、また派遣されるとしたらそのどちらを希望するか。

 かつてフィリピンを訪れたときはマニラ=都会に滞在していましたので、都会の印象はなんとなく掴めていたと思います。また面接の直前に『バナナと日本人』を読み始めていましたので、田舎の印象としては「農園」が強く残っていました。その点を始めに言った上で、どちらかといえば、いかにも東南アジア的な問題の散見されそうな、ごみごみした(実際にこの言い方をしたはずです)都会の方が観察の上で楽しみが多い、というニュアンスで答えました。

 

・アシスタントとして日本語教育に関わる中で、現地の先生が間違ったことを教えているのを目の当りにしたらどうするか

 これはなかなかに難問でした。日本語を教えたいという意気込みだけではなく、教育学的な配慮も問うてくるとは予想していませんでした。

 ここで僕が回想したのは、教育実習*1で地元の中学生を教えているときの経験でした。外国語を教えるのとはまた話が違ってくるのですが、何かを教えるときには「授業の流れ」というものが非常に大切になると思っています。ものすごく端的な例を挙げれば、生徒が音読をしていたとして、漢字の読み間違いをするたびに読むのを遮ってしまっては全体としての効果が薄まってしまう、というようなことです。もちろん賛否あって、あとからミスを指摘されてもピンとこないとか、そもそも指摘するのを先生が忘れがちになったりもするわけですが、僕としては流れを断ち切りたくない派の人間でした。

 加えて考えたのは先生方の「先生としての尊厳」です。多くの場合現地の先生は、日本語を外国語として学習し、それを生徒たちに教えている立場にあります。つまりその教室において、先生には「日本語のスペシャリスト」としてのメンツみたいなものが少なからずあるわけです。そこに入ってきた日本語ネイティブことわれわれが、それまでプロフェッショナルとみなされていた先生のミスを大っぴらに指摘しまっては、先生のプライドや教室における威厳を損なわせてしまうことにつながるのではないでしょうか。

 もちろん間違いの程度、先生との信頼、教室の雰囲気にもよって事情は変わるわけですが、僕の答えとしては、「生徒の混乱や先生の威厳を損ねることを考慮し、授業後に先生に伝える形をとり、次の授業での訂正を促す」となりました。他の方は、それぞれに工夫した方法で「すぐに指摘する」というものでしたので、しくじったかなと少々焦りました。

 

・いくつか個人的な質問

 たしかここで別の面接官にターンが移動したと思いますが、既に提出した履歴書の類に沿って、経歴に踏み込んだ質問をされました。

 僕には「国文学専攻で言語学を勉強されていたのですか」とか「フィリピンに行ったことがあるそうですが、現地の印象はどんなものでしたか」とかそういったことを聞かれました。後者の質問については「1ヶ月の滞在のうち、半分くらいが台風・洪水で外に出られなかった」と前置きしてからフィリピン人の人柄について触れました。

 他の方も、海外渡航経験のある場合は現地での経験を聞かれていました。

 

・現地の先生が現れなかった場合、何をして穴を埋めるか。

・現地の先生とうまくコミュニケーションが取れなかったらどうするか。

 以上の2点が質問としてあったのは記憶にあるのですが、どうやら僕には別の質問があてがわれたようでした。フィリピン大学での経験として、先生とのコミュニケーションはどうとっていたのか(何語で話していたか)ということを聞かれ、「英語で話すものと肩ひじ張っていたが、ふたを開けてみると日本語が非常に流暢だったので滞在中ほとんど英語を使うことはなく、少し拍子抜けしてしまった」という答えをだしました。

 僕の答えのあとで面接官の方が「これはUPでの話であって、みなさんが派遣される高校ではおそらくこううまくは行きませんからね」と注釈を加えていました。(たしかUPへの派遣もあったはず……?)

 

・シャワーが水しか出ない、トイレの流れが悪い、部屋に虫が出る、の3条件で一番厳しいと感じるのはどれか。

 若干意図を図りかねた質問ですが、フィリピンでの生活が日本のものと比べて過酷であることを強調しているのでしょう。

 この質問を聞いた途端におかしくなって、思わず笑いだしてしまったのですが、「では素敵な笑みをお見せになったchihariroさん」と真っ先に指されてしまいました。言いそびれましたが、ここまでの質問はだいたい席順に右から、あるいは左から順に当てられています。

 実のところ、僕は虫が大の苦手でして、フィリピンの滞在中も部屋に出没するゴキブリに恐れをなして就寝時に電気が消せなかったくらいなのです。ですから一番キツいのは「夜中に這い上がってきたら嫌なので虫」と答えました。シャワーは別に気にしませんし、トイレのちゃんと流れないのはフィリピンでは割と普通でした。そもそも便座のないことが多かったですし、5-6台並んでいる洗面台のいずれからも水が出ない、なんてこともありました。ですから大抵のことは耐えられると思います(ゴキブリホイホイを片手に)。

 

・普段料理はするか。

 これはつまり、フィリピンでは割と外食が多くある一方で、滞在場所によっては近くに食べものを扱う店がないこともあり、そうなると自炊が必要になってくる、ということだそうです。

 僕は幸か不幸かずっと実家暮らしで生きてきましたので、料理はほとんどできません。包丁の使い方くらいは知っていますけど、やはり経験があるなしでは差が大きい部分かと思います。

 

・英語の質問。

 応募要件として「日常英会話ができる方(英語で最低限の意思疎通が図れる程度)」とありましたし、面接において英語での回答を要求される旨はあらかじめ聞いていました。

 質問の形式は、面接官が現地の生徒になりきって僕ら(先生)に質問をするので、それに英語で答えるというもの。質問文は日本語で言ってもらえるので、聞き損じや理解できないという事態は避けられます。

 で、僕には「chihariro先生、日本ではどんなところでデートするの?」という質問がとんできました。なんと、英語力を計るための質問で、答えそのものが浮かんでこない事態に陥ってしまいました。

 一瞬逡巡した挙句、「僕はいわゆる"日本でのデート"を経験したことがない*2からわからないけど、たぶん若者は渋谷とか新宿とかの都会にくりだして、映画を見たりショッピングをしたりするんじゃないかな」(かなり意訳)と答えました。相当たどたどしかったですけれど、周りの方々も緊張しながら答えていましたので、それなりに答えられればパスする項目だと思います。

 

 他にもあったかもわかりませんが、ひとまず思いだせたのはこのあたりです。

 面接に50分もかかるのか、と思っていましたが、受けてみると案外あっという間でした。緊張もあってのことでしょうけど、他の方のお答えをも興味深く拝聴できたのは楽しかったです。

 そもそも僕はあまり堅苦しいのが得意じゃないので、最低限のフォーマルさを保ったうえで割とラフに対応することが多いです。この面接でも、最初の自己紹介では「わたくしは~」と言ってましたが、段々辛くなってきまして、そんな細かい部分を見て判断するのはこの面接の本分ではないと思いなおし、途中から言いやすい「僕は~」に変えました。

 ともかく自分の思っていること、感じたこと、経験したことをまっすぐそのまま伝えればよいという印象です。念のため言っておきますと、僕の態度は「適当でいい」と思ってのことではなく、自分の平生を見せようとしてのことです。本来面接はそうあるべきだと思いますので、変な作法とかマナーが横行している現代の就職活動は妙なものだと思います。従って、この面接においては、ちゃんと応対できる限りにおいて、これといった練習はたぶん必要ないです。

 

 面接はこのような形でつつがなく(?)終わりました。

 遠くからの人は直帰の場合もあり、大変そうでしたが僕はせっかく四谷まで来たのだからと、「消防博物館」と「民音音楽博物館」を見学して帰りました。我ながら暢気です。

 

 面接結果は「3月上旬」に発表と書かれていて、気長に待とうと思っていましたが、3月3日という割合早い段階で、唐突にメールが来て、めでたく内定しました。

 内定後、内定受諾書を提出して、次は5月から大阪で研修に挑むことになります。僕にとっては日本語教育を改めてちゃんと学ぶいい機会と頑張りたく思います。

 

 なお、研修までもう少し期間がありますので、フィリピンについて学んだことなどをメモ代わりに上げられたらと思っています。

*1:当然国語科です。3月末で卒業しましたので、現在はいちおう中高の国語科教員免許を持っています。

*2:「デートらしいデート」の意。デート自体の経験は、ないでもないです。(見栄じゃないですよ)