日本語パートナーズ記@マニラ

日本語パートナーズ フィリピン3期として9カ月間の活動を経験。大学では国語学を専門にやっていましたが、キャリア的には背水の陣。

てさぐりタガログ語の記憶

 外国語を習得する目的やモチベーションは人によってあり方がさまざまでしょう*1。仕事のためにイヤイヤ勉強する人もありましょうし、学習の過程そのものが楽しくて仕方ないという方は極めて幸せなことと思います。

 僕の場合は、もちろん海外に行きたいとか外国の人と関わりたいとかいうこともありますが、もっとミクロな視点でいうと「ジョークが理解できないのがイヤだから」というのがだいぶ大きいです。フィリピンで生活をし始めて、頭の1-2ヶ月が非常につらかったのは、タガログ語が分からないが故に、周りの人たちの笑っているポイントが共有できていなかったことにあると思います。

 

 個人的な学習の理由はさて措き、僕は言語を学習していくうえで、要素を多く含んだ例文を活用する方法が良いと思っています。単語だとか文型とか、学習において覚えることは多いですが、それらをそのまま丸ごと覚えられるほど僕の記憶容量は確かじゃありませんので、できるだけ「お得」な方法を好んでいるわけです。

 

*1:モチベーションの上げ方ということでは、かつて千野栄一『外国語上達法』等、モチベーションを上げる読書でも言及しました。よければご参照ください。

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ある不吉な塊

 日本に帰ってきてから、僕は重い腰を上げて就職活動を開始しました。学生時代には大学院進学しか考えておらず、またそもそも教員志望で大学に入ったわけですから、エントリーシートを書いて数回にわたる面接を受けて……という類いの、「就活然とした就活」はどうにも厳しいと思っていました。

 でまあ、日本語パートナーの経験を活かせる進路が望ましいのは言うまでもないことですから、わかりやすく日本語学校をあたってみることにしました。折よく講師兼事務というまずまずなポストの募集が近郊の学校でかかっていましたので、さっそく応募して面接を受けることとなったのでした。

 

 先に言っておきますが、本記事はあくまで個人的な体験と感想に終始していまして、日本語教育業界その他の広域に批判を述べるものではございません。多少語気は強くなりますが、社会的不適合な若者の不満にすぎないとあらかじめご了承ください。また、特定を避けるために(されたって大きく困りゃしませんけどね)若干持って回った言い方とか、少しく事実と異なる記述とかを設けますが、内容自体は実際あったことに違いありません。この点もご理解いただけると幸いです。

 

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思い出す事など③

 カガヤンデオロ(CDO)へ行った時のことです。

 記事としては滞在199日目:カガヤンひとり旅①あたりからご参照いただけるとありがたいですが、パートナーの仕事としてというよりは、どちらかというとバカンスめあての遠征でした。まあ結果としてはCDOの2校で授業を手伝うことができたので、活動と言って後ろめたいところはありません。先の記事にも書きましたように、僕にはとりたてて得意とする「持ちネタ」があるわけではなかったので、比較的準備も容易で楽しめる「ふろしき」をテーマに選んだ次第です。

 

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思い出す事など②

 大晦日から元旦に向けて、僕と数名のパートナーズは、マニラ首都圏の高校で日本語を教えている先生のお宅にお邪魔し、フィリピンの年越しを体験させていただきました。

 その先生は大変気さくで且つ恐ろしくテンションの高いおばさまで、普段から仲良くさせてもらっていましたから、こちらとしても気兼ねなくお世話になったわけです。

 先生からはお料理をご提供いただいていましたが、せっかくだから日本的な年越しを体験していただこうということで、冷たい蕎麦を用意しました。言うまでもありませんが僕は調理が一切できませんので、実際に準備したのは僕を除いたお姉さま方です。

 こういうときマニラは便利だと思う次第ですが、蕎麦もそばつゆも、容易とまでは言えないまでも手に入れることができたのは幸いでした。

 

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思い出す事など①

 さすがに9ヶ月も滞在していると語るべきエピソードは無尽蔵にあるわけですが、何か話してくれと言われるとパッと出てこず、答えに窮することが多いです。とはいっても、日常ふとしたときに思い出すそうしたひと時を、ほかの下らない思い付きと同じように無碍に扱うのももったいないので、ぽつぽつ書き溜めておこうかと思います。

 

 ようよう日本も暑くなってきましたが、いうまでもなくフィリピンは年中「夏」です。そうした常夏の環境にあって、僕はろくすっぽ散髪をせずに過ごしていました。この顛末は滞在237日目:断髪式にも書きましたが、全盛期にはアフロと形容されるような頭になっていたわけです。いま思い返せばいいシンボルになっていたようにも思いますが、ともかく言語学科ではしばし髪型イジリが話題に上るのでした。

 

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